人口5000人の村で大学生が学んだ「豊かさの物差し」とは
人口5000人の村で大学生が学んだ「豊かさの物差し」

先日、福島県天栄村で、首都圏から来た大学生たちと3泊4日を過ごしました。福島県の関係人口づくりの事業で、学生たちは農家やしょうゆ店、道の駅などで地域住民と長く時間を過ごし、一緒に仕事をしたり、移動したり、ご飯を食べたりしました。短時間のヒアリングではなく、地域の人の日常に少しだけ入らせてもらうような時間です。

里山の「使わなさすぎ」が問いかけるもの

面積の80パーセントを国有林が占め、2000メートル級の山脈に川や渓谷など変化に富んだ地形が特徴の天栄村。人口はおよそ5000人です。この小さな村で私自身も学生たちと一緒に過ごす中で、「地方には何が足りないのか」ではなく、むしろ私たちが普段使っている「豊かさの物差し」について考えさせられました。

大きなきっかけになったのが、天栄村湯本地区で自然環境の調査をしている一般社団法人「湯本森・里研究所(ゆもり研)」代表理事の星昇さんから聞いた里山の話です。「昔ながらの里山」と聞いて、私は「となりのトトロ」のような木々が生い茂る緑豊かな風景を想像していました。ところが、昔の写真を見ると、今ほど木が多くありません。人々がまきや炭を燃料にし、落ち葉を肥料にし、草を家畜の餌にし、木や竹、わらを暮らしに使っていたからです。人の「なりわい」や「いとなみ」そのものが、里山の環境を維持していたのです。

戦後、石油や電気が普及し、農業が機械化され、食料や木材を遠くから運べるようになると、人々は山を使わなくなりました。すると、木は増えました。それは一見、自然が豊かになったように見えます。でも、草原を好む生き物が減り、鹿や熊が人里に近づき、森林が老齢化するなど、別の問題も起きています。星さんは、その背景に里山の「アンダーユース」、つまり「使わなさすぎ」があると説明していました。「使いすぎ」だけではなく、「使わなさすぎ」でも人と自然の関係性は変わる。この話を聞いて、それまで天栄村で見てきた人たちの暮らしが少し違って見えました。

学生たちが見つけた「つながり」と「時間軸」

しょうゆ店で一日を過ごした学生は、醸造過程について「菌が働いてくれている」と聞いて驚いていました。菌は人間の都合通りには動きません。何年も試行錯誤して、うまくいかないこともあります。それでも、作り手はじっくりと丁寧に発酵と熟成の様子を見ながら付き合っていく。その学生は、「自分の世界観がちょっと変わった」と話していました。特に印象的だったのは、原材料の仕入れの話です。「付き合いのある相手だから、あえて高く買うこともある。困った時には助けてもらうし、自分も助ける」。学生がぽつりと、「人のつながりに、お金を払っている感じがしました」と言いました。

別の学生が驚いていたのは、「土地と自分」との距離の近さでした。天栄村で生まれ育った農家の方が、今暮らしている集落とは別の集落の出身だからと、自分を「よそ者」と表現したのです。同じ村でも、集落ごとに「自分はここに属している」という感覚がある。都市部で「個人」を単位に暮らしていると、なかなか想像しにくい感覚です。

一方、海外生活の経験がある学生は、天栄村で出会った人たちが何度も繰り返す言葉に気づいていました。「周りの人のおかげ」「自分一人ではできなかった」「だから恩返しをしたい」。誰かから受けた親切を、また別の誰かへつなげていく。そんな循環があるように見える。そう学生は話していました。

地域やデザインを学ぶ学生は、人と自然との関係に強い反応を示しました。人が自然から離れるほど自然が守られるわけではなく、人が自然に関わり続けることで維持されるものもある。都市とは違うものの見方がここにはあるのではないか。時間軸が全然違う。そんなふうに考えたそうです。

「地域は都市の劣化版ではなく」という問い

星さんが学生たちのために用意した資料には、「一人でも生きていける世界の誕生」という印象的な言葉がありました。食材もエネルギーもどこか遠くから運ばれてきて、近くの田畑や山林を使う必要も、地域で共同作業をする必要も減っていった。お金があれば、一人でも暮らせる社会になったという趣旨です。これは大きな進歩です。特に女性にとってはとても大きな意味があり、土地や家、家族の役割に縛られず、自分で仕事や人生を選べるようになったのです。私も、その自由を手放したいとは思いません。

かといって、私は、人や地域とのつながりを「忘れてしまった」とも感じていません。むしろ、常に葛藤しています。仕事も大切です。子どもとの時間も大切です。家族や地域とのつながりも、そして、自分自身の時間も大切です。でも、24時間しかない一日の中で、何かを大事にしようとすれば、別の何かに費やす時間は減ります。だからといって、必要としなくなったものは、その価値までなくなったのだろうか――。そんな疑問が私の中に残りました。

人口減少について気にかけていた学生もいました。人口が減っていても、仕事にやりがいを感じ、そこでの暮らしを豊かだと感じている人はいる。一方で、人が減れば、その暮らし自体を維持することが難しくなる。「人口を何人にするか」ではなく、「そこで暮らす人がどんな状態なら幸せなのか」を考える方が先なのではないか。そう話していました。

別の学生は、今回の経験で前向きになれたというより、むしろ地域振興に対する楽観が揺らいだと話していました。将来が明るいから取り組むのではなく、先が見えなくても「自分ができることをやるしかない」と思い、地域で動いている人がいる。その現実に触れ、「じゃあ自分は何ができるんだろう」と考え始めたといいます。

かなり大胆なことを言った学生もいました。「地域は都市の劣化版ではなくて、都市が地域の劣化版なんじゃないか」。もちろん、「田舎の方が優れている」という意味ではありません。私たちは地域を見る時、仕事が少ない、店が少ない、移動手段がない……、と都市を基準に「ないもの」を数えます。でも逆に、都市には何がないのか、と考えることはあまりありません。地域にあるものは、その地域にとっては当たり前すぎて、言語化できていない、または言語化できるような類いのものではないのかもしれません。

土地と自分とのつながり。自然に合わせて働く感覚。誰かに頼り、頼られること。一人がいくつもの役割を持つこと。自分の暮らしと、食べ物やエネルギーがつながっている感覚。星さんの資料には、水、食料、燃料、季節の移ろい、コミュニティー、土着の文化、安心感のある暮らし、自然と関わる楽しさという言葉も並んでいました。どれも、会社の評価シートには出てきません。履歴書に書くことも珍しいでしょう。けれど、人が「この暮らしがいい」と感じる時には、こうしたことが大きな部分を占めているのかもしれません。

参加した6人の学生が同じ結論になったわけではありません。人と土地との関係を考えた人もいれば、経済合理性を考えた人もいる。人とのつながり、自然との関係、人口減少、地域振興への疑問。それぞれ違う問いを持ち帰りました。私自身も、天栄村で答えを得たわけではありません。ただ、自分が普段「豊かさ」だと思っているものの中に、見落としているものはないか。改めてそんな問いが残りました。便利さも、効率も、自由も大切です。その上で、それだけでは測れないものを、私たちはどんな物差しで捉えればいいのでしょう。天栄村から帰ってきて、今も考えています。