日本は15日、戦後81年の終戦記念日を迎えた。第2次世界大戦末期の日本についての著作「Empire of Ashes: Truman, Hirohito, and the Descent into Total War」(邦訳は来年夏に刊行予定)を8月に刊行した米国の歴史家、ジェームズ・スコット氏は「太平洋地域の平和は私たち全員にとって不可欠だ」と語る。
トルーマンと原爆投下
当時のトルーマン大統領と米国市民は原爆投下をどう受け止めたのか。スコット氏は、トルーマンと軍の上級指導者たちは、原爆が大きな苦痛をもたらすと理解していたが、米軍による日本本土進攻で日米が被る犠牲者の予測よりもはるかに少ないと考えていたと説明する。
米政府内の一部試算では、本土進攻で米国が170万~400万人、日本は500万~1千万人の損害を被る可能性があると見積もられていた。米国の指導者たちにとって重大な懸念材料だった。
戦後、ある世論調査では、85%の米国民がトルーマンの決定を支持した。トルーマンは生涯を通じて決断を後悔せず、最終的により多くの米国と日本の命を救ったと信じていた。
日本の敗因と産業能力の差
「日本は勝てない戦争を始めた」という評価について、スコット氏は、日本はわずか数カ月の間に地球のほぼ4分の1に広がる巨大な帝国を築き上げたが、非常に守るのが難しい帝国だったと指摘する。多くは海を越えて分散し、大量の燃料と船舶が必要だった。戦争が長引き、米国の潜水艦封鎖が続く中、艦船の補充や燃料供給の能力は失われていった。
対照的に米国は、船舶や航空機、潜水艦の建造ではるかに高い工業力を持っていた。結局、米国の勝利は主に産業能力によるものだった。



