日本人の「戦争のイメージ」はアップデートされているか?音速超えのミサイルがもたらす真の恐怖
日本人の戦争イメージはアップデートされているか

ミサイルという兵器の威力に対する日本社会の認識は正しいのでしょうか。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏は、日本国内での戦争をめぐる議論を見聞きする中で、「戦闘」と「戦争」を区別せず混同しているケースが多いと指摘します。

戦闘と戦争の階層的違い

軍事や戦史研究の分野では、過去の戦争や将来の戦争を分析する際、いくつかの階層(レイヤー)に区分して検討するのが一般的です。「戦闘(バトル、コンバット)」と「戦争(ウォー)」もその一例です。戦闘とは数人から数百人の兵士が交戦する短期かつ局所の戦術的交戦を意味し、戦争とは無数の戦闘と国力や経済力、他国との関係などの総体としての全体のメカニズムを指す戦略的概念です。

過去の戦争における情報統制の教訓

先の戦争中、日本軍は1942年の夏頃まで中国や東南アジア、太平洋の島々で繰り広げられる戦闘の多くで勝利を重ねました。政府公報や新聞・ラジオは各地の前線からの勝利の知らせを華々しく伝え、「無敵皇軍」の勝利は近いと信じさせました。しかし、1942年6月のミッドウェー海戦で日本海軍は主力空母4隻を失い、航空戦力が大きく低下。アメリカとの軍事対決で勝利できる見込みは事実上失われました。

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その後も太平洋における戦争の状況は日本側に不利に傾きましたが、陸海軍上層部と新聞各紙は局所の戦闘における戦果を誇張・捏造して宣伝し、全体の戦争で敗色が濃厚である事実を国民に伝えませんでした。これにより日本国民は1945年8月の無条件降伏まで戦争全体の正確な状況を知ることができませんでした。

現代における誤った認識の危険性

山崎氏は、こうした歴史の前例は今の日本人にも多くの教訓を与えていると述べます。自衛隊員の能力や練度の高さ、装備する兵器の性能の高さは、戦争や紛争において「自衛隊が勝利できること」を約束しません。これらのプラス要素は戦争ではなく戦闘のレベルで効果を発揮するものだからです。

多くの国民が戦闘と戦争を混同したまま政府の説明を聞くと、前回同様に局所の戦闘にのみ目を向け、日本の優位を示す断片的な情報を実際以上に高く評価し、思考が「戦争を甘く見る空気」に染まる可能性があります。現代の音速を超えて着弾するミサイルの脅威を正しく理解するためには、過去の過ちから学び、戦争全体を俯瞰する視点が不可欠です。

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