戦時中の新聞投書が伝える「平等主義」の圧力 筒井清忠氏が解説
戦時中の投書が映す「平等主義」の圧力 筒井氏解説

戦時中の新聞投書を分析した筒井清忠・帝京大学学術顧問(日本近現代史)は、その根底に大正デモクラシーで国民に広まった「平等主義」の圧力があると指摘する。投書からは、戦後の「言論は抑圧されていた」というイメージとは異なり、国民が政府当局やメディアにも批判を向けながら、互いに監視を強めていった姿が浮かぶ。

特攻に行く息子よ、母はいつも側にいます

遠方の航空隊にいる息子と面会する許可が下りたが、駅長に切符を買うことを拒否された母親の投書(1945年5月26日掲載)は、無念さをつづる。「駅長は申告書を見るなり『こんな遠い切符はない』と苦い顔をして、どんなに頼んでも承認してくれません。やがて特攻隊として晴の出陣をするであろう我が子の武運を遠く祈りながら淋しさをこらえて帰ってきました」と記す。

読売新聞は、1941年から1945年までの投書を「戦争投書アーカイブ」として2023年7月から公開。現在は700本以上を収録する。

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日本の勝利を信じていた時代の「SNS」

投書欄には悲哀や不満、疑問や憤りなどの生々しい感情が並び、時には主張や反論の応酬が数日にわたって続いた。敵国への恐怖や憎しみ、配給への不満、差別感情など、当時の価値観が色濃く残る。

筒井氏が「もっとも驚いた」と挙げるのは、「戦果の感謝奉仕」と銘打った飲食店の特売を嘆く投書(1944年10月31日掲載)だ。「フィリピン沖で敵米国艦隊と決戦が行われている日、鎌倉の飲食店の前には長蛇の如き行列が続いていた」とし、「正確、冷静な大本営発表を、安易な戦勝気分に溺らすおそれのある行事や特配は一切きびしく取緳る必要がある」と訴える。

実際、1944年10月の台湾沖航空戦では米空母19隻など計45隻を撃沈撃破したと発表されたが、実際には1隻も撃沈されていなかった。筒井氏は「検閲を受けていた当時の新聞にすでに、正確な戦果の公表を求める国民の投書が載っていたとは驚きだ」と語る。

翼賛会の看板は国辱的で言語道断、海に捨てろ

筒井氏は「戦後長らく『戦時中の国民は軍の憲兵や大政翼賛会などに監視されて何も言えなかった』というイメージがあったが、実際にはむしろ国民やメディアが政府の尻をたたくように、社会全体で戦争に突き進んだ」と解説する。

大政翼賛会の支部が横浜市に立てた「無災者諸君!気の毒な罹災者を出来る限り援助しましょう」という看板を、投書(1945年5月11日掲載)は「国辱的」と切り捨てる。「日本人がこのくらいの空襲被害で『気の毒』になったらどうなる。言語道断だ」「正に海中に投ずべき国辱的看板である」と。

大正デモクラシーで浸透した「抜け駆けは許さない」意識

批判の対象は当局やメディアだけではなく、政府の呼びかけに過剰に同調し、金属回収に応じて「ふすまの引き手など、まだまだ供出できるものが残っている」と呼びかけたり、防空資材の点検や服装検査の厳格化を求める投書も多い。

筒井氏はこれを「平等主義的圧力」と説明する。「日本では大正デモクラシーによる普通選挙制度の要求などを通して、平等主義が社会に浸透した。これによって、楽しいことも苦しいことも平等にするべきで抜け駆けは許さない、という意識が強まった」とし、戦争や災害で不満が募るとさらに高まると指摘。2020年以降の新型コロナウイルス禍での「自粛警察」も典型例だという。

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花柳界復活のうわさ、徹底的に調査弾圧せよ

戦争長期化で政府が娯楽規制を緩めた際、「赤坂の花柳界復活のうわさ」に反発する投書(1945年5月18日掲載)が載った。「高級花柳界が再現すれば、士気も増産も高まるなどというのはどんな人達だろうか」とし、「徹底的な調査弾圧を望む」と結ぶ。

「遺族に親切を尽くそう」…精神的要求が行き着く先

軍人遺族記章をつけていない遺族にも親切を尽くすよう呼びかける投書(1942年10月15日掲載)もある。筒井氏は「普通に考えれば無理だと思うが、『犠牲者のために』と言われたら文句は言えない。こうやって精神的要求は際限がなくなっていく」と警鐘を鳴らす。

「1年半も故郷から便りなし」、戦地の兵士の哀愁も伝える

1941年6月28日には、中国北部に出征した兵士が「生れて入隊するまで育った東京の町内からは慰問文は愚か、留守宅は元気ですとの便りさえこの1年半に1通も来ない」と嘆く投書が載った。筒井氏は「明らかに国民の結束にはマイナスな内容で、よくこれを活字にできたものだ。投書欄は戦争の時代においても非常に多様性のあるメディアだった」と評価する。

戦時下を生きた人々の喜怒哀楽がにじむ投書からは、新たな気づきや教訓が見つかるはずだ。