人類学者で立教大学教授の奥野克巳氏が、ふくだぺろ氏の新著『平等主義暴力 ポスト狩猟採集民トゥワとのマルチモーダル人類学』(春風社、5060円)を評した。本書は、暴力は悪であり理性と言語が平和を支えるという近代の常識を覆す、人類学からの「爆弾」と位置づけられる。
暴力が日常的なのに壊れない共同体
舞台はアフリカ中部のポスト狩猟採集民トゥワ社会。激しい罵り合いや闘争が日常茶飯事でありながら、共同体は崩壊しない。昨日まで噛みつき、殴り合った者たちが、翌日には笑い合い、同じ食を分かち合う。著者はこの不可解な謎の核心に、記述を超えた表現法革新の気概を携えて飛び込む。
近代思想家アーレントらの政治哲学は、理性と言語を人間性の基準とし、暴力を悪として政治の外へ追いやった。しかし本書はその前提をひっくり返し、暴力と共存しながらトゥワがいかに平等と平和を維持しているのか、その驚くべき仕組みに迫る。
暴力が再編する人間関係
トゥワ社会では、暴力を生み出す激しい感情が、音楽や踊りのグルーヴを通じて人間関係を再編する。流血を伴う闘争でさえ復讐の連鎖につながらず、平等主義社会を織り上げる力へと転じていく。トゥワにとって政治とは、言葉による討議ではなく、心身の共振が織りなす生の技法にほかならない。
文字では捉え尽くせない身体の震え、声の響き、交錯する視線。著者はこれらを映像に収め、多感覚的な表現へと開く。QRコードから視聴できる映像《ドッグ・シット・フード》は、暴力が善悪や自他の境界を越えて共在へ至る過程を映し出す。言語中心の知に潜む限界を乗り越える試みだ。
現代世界への挑戦
暴力が平和と平等を生むという一見受け入れがたい主題。本書は暴力を賛美するものではない。しかし、理性と言語だけでは暴力を制御できない現代世界に対し、歌と踊りによって暴力の暴走を未然に防ぐトゥワの知恵を開示する。それは暴力をめぐる思考を根底から刷新する挑戦であり、読後には「暴力」がまったく違う景色のうちに立ち現れるだろう。



