ヤンヨンヒ監督、母のアワビがゆに秘められた帰国事業の記憶
ヤンヨンヒ監督、母のアワビがゆに秘められた記憶

映画監督のヤンヨンヒさんは、幼いころ体調を崩すたびに母が作ってくれたアワビがゆの思い出を語る。アワビの肝をたっぷり入れた深緑色のおかゆの中心には、ぷっくり分厚く切ったアワビの白い身がのせられていた。

母の口癖「ケチケチ薄っぺらに切ったらあかん」

「(アワビは)ケチケチ薄っぺらに切ったらあかん」というのが母の口癖だった。肝のしっかりしたコクと香ばしいごま油の香りが優しく口に広がる。この味は、幼いころに「回復食」として母が作ってくれた思い出の味だ。

帰国事業で兄たちと離別

1970年代初め、日本、北朝鮮両政府によって推進された「帰国事業」で、当時14歳、16歳、18歳だった3人の兄が「未知の国」北朝鮮に渡った。ヤンヨンヒさんが6~7歳の時だ。体も弱く、突然兄たちと離ればなれになったショックもあって、よく寝込んでいたという。

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母はそのたびに、大阪・鶴橋の市場で奮発して買ったアワビと米と塩、ごま油だけのシンプルなおかゆを炊いてくれた。父はおかゆに使った残りを「俺ははじっこでいい」と言って、それをつまみにお酒を飲んでいた。

済州島の食卓とアワビがゆ

韓国・済州島で親しまれているアワビがゆ。ヤンヨンヒさんは、その味を今も大切にしている。

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