武論尊が語るカンボジアの宿命「看板がいつでも外せる」植民地の悲哀
武論尊が語るカンボジアの宿命「看板がいつでも外せる」

漫画原作者の武論尊氏が、昭和54年に『ドーベルマン刑事』の連載を終えた後、社会的視野を広げようと訪れたカンボジアでの体験を語った。

ホテルの看板が示す宗主国の変遷

武論尊氏はプノンペンのホテルについて、入り口の看板がいつでも外せるようになっていると指摘。当時はロシア語で、その前はフランス語、さらに前は日本語だったという。「宗主国が次々に変わるんで、もういつでも張り替えられるようになっているんですよ」と述べ、カンボジアという国の宿命を感じたと振り返った。

「ああ、ころころと宗主国が変わるんだ、すごい生き方をしているんだって。宗主国が変わると、言葉が変わり、そのために看板がいつでも張り替えられるようになっている、っていうのは衝撃的でした」と語り、そんな中で明るく生きていることにも驚きを示した。

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内戦と旧ソ連の影響

その後、内戦でポル・ポトによる大虐殺が起きたことにも触れ、「なんか不思議だったですね」と述懐。訪問時には、いいホテルやプールには旧ソ連の兵隊が軍事顧問団として駐在していたという。旧ソ連が引き揚げ、ベトナムも引き揚げた後、ようやく国旗を出せるようになったのではないかと推測した。

また、国内線の旅客機がすべて旧ソ連製になっていたことから、「軍の上とか内政っていうかそういうのには旧ソ連が入っていたと思います」と述べ、力を持った国が経済も含めてすべてを掌握する様子を実感したと語った。

飛行機内の避難民と戦争の現実

武論尊氏は、カンボジア行きの飛行機の体験も語った。直行便がなく、バンコクからホーチミン経由でエールフランスのジャンボ機に乗ったが、指定席ではなく、避難民が鶏の籠を抱えて入ってきて、籠に入ったニワトリが横を飛んでいたという。「うわー、映画通りだって。すごかったな、それは」と述べ、飛行機が立ち席状態で、家財道具を持ち込む人々の姿に「戦争ってこういうもんなんだなって」と感じた。

彼らはベトナムから逃れており、共産主義になじまない人々が西側へ行こうとしていたと説明。「出る人間に対しては結構、おおらかだったんじゃないですか? 入る者には厳しいけど、出ていく者には、いくらでも出ていけみたいな感じだったんじゃないですか」と推測した。

一方で、兵隊たちの銃に実弾が入っていると分かっていたため、入国管理の場は非常に怖かったと振り返り、「俺、日本に帰れるのかな、なんて思いながら」と当時の心境を明かした。

旧ソ連製飛行機の驚きの仕様

旧ソ連製の飛行機について、エアコンが効かず、上空では寒く、地上では暑かったと述べ、「もう、なんじゃこりゃって」と苦笑した。さらに、トイレの表示が英語で「TOILET」と書かれていたことに触れ、「ロシア語じゃないんですよ、旧ソ連負けとるやんって思いました」と語った。

最後に、「人間って厳しいところに生まれたら、あっという間に殺されるんだっていう、その環境次第ってところはやっぱり感じますよね。日本人で良かったって本当に思いますよ、幸せな国に生まれたと。なのに、そんな国に観光で入っちゃいけないよ、と思ったもん」と締めくくった。

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