日本人のパラグアイ移住90周年の節目に、秋篠宮ご夫妻は18日、羽田発の政府専用機で南米・パラグアイへの公式訪問に出発した。戦前から戦後の復興期にかけて新天地を求めて移住した人々に思いを寄せ、皇室は折々に現地を訪れてきた。高齢化した日系1世たちは、ご夫妻との対面を心待ちにしている。
「友好の懸け橋となってきた」と会見で表明
秋篠宮さまは訪問前の13日の会見で「パラグアイと日本の友好の懸け橋となってきた日本人移住者、日系の人たちに敬意を表したく思います」と述べ、「2世3世以降の人たちとお話ができることを楽しみにしています」と語った。
日本人のパラグアイ移住が始まったのは1936年。世界恐慌後、ブラジルが国内失業者の増加などで移民受け入れを制限したことが背景にあった。移住は第2次世界大戦で一時中断されたが、1954年に再開され、現在約1万人の日系人が暮らす。
夢見て移住した1世の女性「がんばるしかなかった」
栃木県出身の松宮育子さん(87)は17歳だった56年に移住した。終戦から10年余りがたっていたが、当時、国内では食糧難や土地不足が続き、将来への不安を覚える中、アメリカの雑誌で目にした海外の優雅な生活にあこがれた。「パラグアイがどんな国かはよく知らなかったけれど、とにかく外国に行きたかったんです」。親の反対を押し切り、高校を中退して現地に向かった。
オランダ貨客船での2カ月にわたる旅路。香港、シンガポール、アフリカ……。船が停泊するたびに初めて見る景色に期待は高まった。だが、現地で目にしたのは夢とはかけ離れた密林が広がる光景で、「がんばるしかなかった」と振り返る。



