7月17日、富山県立氷見高等学校(氷見高校)海洋科学科で、スマート海洋探究学習に関するデータサイエンスの公開授業が行われた。ICTブイからリアルタイムで得られるデータを高校生が解析する取り組みを通じて、氷見市の伝統産業である水産業と地域の活性化を狙う。
この取り組みは、NTT西日本富山支店、氷見高校、氷見市、東京海洋大学の塩出大輔教授、能越ケーブルネットが4月16日に締結した「スマート海洋探究学習の推進に関する連携協定」に基づくもの。海洋科学分野における教育の充実と地域水産業の高度化の両立を目的とし、ICTとデータを活用した地域産業の活性化を目指す新たな教育プログラムだ。
データサイエンスの公開授業、講師が3つのポイントを解説
公開授業で講師を務めたのは、NTT西日本ビジネス営業本部エンタープライズビジネス営業部デジタルデータビジネス担当主査の祝圭佑氏。祝氏は生徒に、デジタルデータビジネスの潮流、データサイエンスの進め方、センサーデータの取り扱い注意点の3つを伝えた。
データサイエンスが収益を生む実例として、1980年代と現在の世界企業価値ランキングの変遷を示しつつ、データビジネスの重要性を説いた。さらに、魚群自動検知モデル構築の競技で最大60万円の賞金が得られることや、回転寿司チェーンがICチップ付きのお皿を導入したことが収益に繋がった例を挙げた。
データサイエンスの標準的な進め方として、課題設定、分析設計、データ整形、基礎分析、モデル構築、精度評価、効果測定という7つのプロセスを説明。授業で手を動かす範囲としてデータ整形と基礎分析に重点を置き、特に基礎分析を仮説立案と仮説検証の2つに分けて解説した。
センサーデータの取り扱い注意点としては、欠損・通信不良、残電圧による信頼度目安、流向が角度データであること、センサーの汚れ・劣化に対する補正、変数同士の相関、時系列や季節性要因の分離について説明した。
東京海洋大学の塩出氏は「この取り組みを通じて、『自分だったらどういう使い方をするか』『もっと効率よく進められるのではないか』という発想を持つことが大切」と述べ、現状を知った上で、より良い方法を主体的に考えることの重要性を生徒らに語った。
生徒は何を得たのか、授業の感想と今後の展望
公開授業を終えた氷見高校2年生の定司聖奈さんは、海洋科学科を選んだ理由について「氷見高校でもっと広く視野などを広げたいなと思ったからです。海洋科学科では、科学的な知識を基礎として、海洋に関連する様々な分野の理解を深めています。例えば、食品管理という授業では、アミノ酸などの構造式について学んでいます」と語った。
授業で面白かった点については「専門家の方が発表するときにどのようにデータをまとめているのか分かったので、とても面白かったです。新しい視点からデータを見る方法を学べることが、特に興味深く感じました」と話す。
ICTブイのデータから得たい成果については「採れる魚の予測などをし、漁業に還元できたらいいなと考えています。データ解析を通じて、地域の主要産業である漁業の発展に貢献したいです」と述べた。海洋ICTへの期待は「ICTが発展し、漁師の方でも一目で見て簡単に、誰の助けもいらずに魚が採れるかどうかが分かるようになればいいなと考えています」と語る。将来は「大学に進学して、研究職や県職員になれたらいいなと考えています。専門的な知識を活かして、地域社会に貢献できる仕事に就きたいと思っています」と話した。
ICTブイの活用が始まった背景と今後の展開
ICTブイは、海水温センサーや流向・流速センサーを実装し、溶存酸素量(DO)や潮流・潮速などのデータを取得できる装置だ。能越ケーブルネットが保有するICTブイは、日本海の荒波に耐えられるよう強化され、太陽光発電も可能。過去に台風で流された経験から、設置方法も工夫されている。
ICTブイを高校の授業で活用できないかと考えたのは、NTT西日本と東京海洋大学の塩出氏。NTT西日本富山支店ビジネス営業部ソリューション担当の髙江俊彦氏は「能越ケーブルネットさんは、ICTブイを地域社会でうまく活用する方法を模索されていました。センサーから得られるデータを、地域産業のDXや水産業分野で有効に活用できないかと検討を進める中で、地元のデータを使って教育現場で生徒さんにデータ解析をしてもらってはどうだろうかという話になりました」と当時を振り返る。
このアイデアを氷見高校と氷見市に持ちかけたところ、地域の水産業の振興や人材育成に繋がるとして連携協定が締結された。氷見市産業振興部農林水産課主任の宮腰宏臣氏は「若い世代が水産業に就業していただくことが一番大事な課題と認識しています。ICTブイを活用して地域の海を学ぶ今回の取り組みによって、若い世代に関心を持っていただき、それが水産業への就業につながり、ひいては水産業が地域の中でさらに発展していくことを期待しています」と意義を述べた。
ICTブイのセンサーデータを高校生が授業で活用するのは全国初。氷見高校海洋科学科主任の佐藤悠介氏は「私は5年前、天然記念物のイタセンパラが生育している池の水温と溶存酸素のデータを遠隔で取得するために、NTTドコモと協力して取り組んだことがあります。今回、学校にお話が来て、生徒にとっても先進的な研究ができると思い、ぜひやらせていただきたいと思いました」と歓迎する。
授業の進展と課題、地域活性化への期待
授業を担当する氷見高校教諭の立花龍司氏は「まず、ICTブイとは何か、どういったデータが取得できるのかを学んだ上で、実際にデータを読み取って入力する作業を行いました。5月以降は、入力したデータをまとめるとどのような情報を見ることができるのかを授業の中で教えています。最初はデータ入力で精一杯だった生徒たちも、少しずつデータの見方に慣れてきて、海流のデータと漁獲のデータの2つを見比べて、こういったところに関係があるのかなという発言が生まれてきています」と進展を語る。
東京海洋大学の塩出氏は「このプロジェクトの最大の特徴は高校生のみなさんの学びに活かしていく点にありますが、ICTブイや海の環境情報を実際の産業の効率化に活かしていくことは大きな課題でもありました。高校生の学びと現状の水産業の改善改革の両面で非常に意味があると思います」と説明する。
海の環境は魚の分布に影響し、漁師は漁具を使って魚を漁獲するが、漁場形成の詳細なメカニズムの解明は長年の課題だった。リアルタイムで情報を得られるICTブイのような機器が広がることは、水産業の効率的な操業に繋がるだろう。
一方、データの取り扱いには課題も残る。NTT西日本富山支店ビジネス営業部ソリューション担当の加太文絵氏は「定置網では、漁獲物の取り上げは1日1回で、行われない日もあり、いつ入ったかの特定はしづらいのです。また漁師さんは“魚を売って収入を得ること”が主体であるため、市場での取り引きは尾数や重量(kg)だけではなく『箱』単位で行われる場合もあるので、それを定量的な分析に使える形にするにはどうすればいいかは大きな課題です」と現状を述べる。
これを受け、祝氏も「漁獲のデータを解析していると、品種としては一緒だが大きさで名前が違う魚があることがわかります。また管理している単位が異なり、重量(kg)なのか、匹なのか、箱なのかわかりにくいという問題もあります」と補足。「生徒の基礎知識にばらつきがあることと、高校の授業という限られた時間の中で分析の面白さを伝えられるかが心配な要素ですね」と授業における課題を話した。
今後の予定と地域への波及効果
氷見高校では今後、生徒自らの考えでデータを深掘りし、仮説を立てて検証していく授業を行う予定。来年3月の締めくくりでは、生徒たちがそれぞれの考察と仮説を発表する見込みだ。氷見市も、データを活用する学びの力が水産業はもちろん、産業振興、地域づくりへの関わりに繋がることを期待する。
能越ケーブルネット取締役執行役員事業本部制作技術部長の坂本直樹氏は「地元の定置網に携わる方がどんどん高齢化し、少なくなっています。定置網の文化がいつまで続けられるのかという状況になっていると思います。生徒たちがこういったデータを見て解析を行い、定置網にもっと興味を持ってもらって、将来の進路が水産関係であれば、なお良いなと思います」と文化継承の側面にも言及する。
NTT西日本の髙江氏は「今回の連携協定は1年間の検証として始まっていますが、一過性に終わることなく、今後も継続できればと思っています。地域でデータ活用できる人材を育成する教育プログラムとして取り組み、DXハイスクールなどのプログラムにうまく活かしたいですね。新しい知見を持った人材を地域に輩出していく手助けができたら嬉しいです」と述べた。
NTT西日本はさまざまなステークホルダーとの接点を持っており、ICTブイの解析結果を他の企業に提案したり、ビジネスとしてサービス化するなど、より多くのステークホルダーの参画を促す展開も進めたいという。
最後に、東京海洋大学の塩出氏は生徒たちに次のようにメッセージを送った。
「高校生のみなさんはこれから複雑で高度なデータ解析を学んでいかれると思いますが、まずは基礎をしっかり身につけることが大切です。水産業の現場では経験に基づく判断が多くありますが、他地域との情報共有や予測、改善につなげるためにはデータ活用も欠かせません。生徒さんにはそうした気づきを持ち、日本の産業を支える若い世代として良い方向へ変えていってほしいと思います。10代で自分が住む地域のデータを使って学べることは、本当に貴重な機会です」



