三菱電機とサムスン電子で25年にわたりプロダクトデザイナーとして活躍し、「日韓逆転」の現場を目の当たりにした林秀紀氏は、40代後半で研究者の道へと舵を切った。現在は桜美林大学芸術文化学群教授として、木育玩具や高齢者向け玩具の研究で注目を集めている。転身時に最初に直面したのは「何を研究するか」という根本的な問いだった。大企業での輝かしい実績をすべてリセットし、ゼロから研究テーマを見つけ出すまでの軌跡を、本連載第13回で詳報する。
世界を舞台に戦ったデザイナー時代
林氏は1990年に大学を卒業後、三菱電機デザイン研究所に入社した。最初は家電製品のデザインを手がけ、その後携帯電話など情報通信機器のデザインを担当。NTTドコモの「iモード」全盛期、日本メーカーが世界市場で存在感を示していた時代である。1993年にルームバー(インテリア冷温庫)のデザインでグッドデザイン賞を初受賞して以降、携帯電話で連続受賞を重ね、2005年には世界3大デザイン賞の一つであるドイツのiFデザイン賞を「MITSUBISHI M800」で受賞。国際的な評価を確立した。
サムスン電子での経験と日韓逆転
その後、林氏はサムスン電子に転じ、さらなるキャリアを積む。しかし、そこで目の当たりにしたのは、日本メーカーの凋落と韓国メーカーの台頭という「日韓逆転」の現実だった。林氏は「企業の中ではやり尽くした」と振り返り、新たな道を模索し始める。
東京おもちゃ美術館での出会い
転機は東京おもちゃ美術館での出会いだった。木製玩具や高齢者向け玩具の可能性に魅了された林氏は、これまでのデザイン経験を活かしながら、全く新しい研究領域に挑戦することを決意。40代後半でアカデミアの世界に飛び込んだ。大学教員としてのスタートは決して順風満帆ではなく、「何を研究するか」という問いにゼロから向き合う必要があった。
ゼロからの研究テーマ開拓
林氏は、自身のデザイン経験と社会課題を結びつけ、木育玩具や高齢者向け玩具という独自の研究領域を開拓。現在では、これらの分野で第一人者として認知されている。2026年4月には教授に昇進し、桜美林大学で教鞭を執る。追手門学院大学客員教授の西田浩史氏は、本連載で大学教員の「選別ロジック」の実態を解き明かしており、林氏の事例は社会人がアカデミックシフトを成功させるためのモデルケースとして注目される。
アカデミックシフトのポイント
林氏の転身から学べるのは、企業での実績をリセットし、ゼロから研究テーマを見つける勇気と、そのプロセスで重要なのは「自分が本当に研究したいこと」を見極めることだ。また、東京おもちゃ美術館のような外部との出会いが、新たな方向性を開くきっかけとなる。本連載ではこれまで、長く活躍する大学教員の条件として、産業能率大学経営学部教授の松尾尚氏への取材を通じて4つの条件を探っているが、林氏の事例はその条件を体現するものと言える。
今後の展望
林氏は今後も、木育玩具や高齢者向け玩具の研究をさらに深化させ、社会実装を目指す。また、自身の経験を活かして、企業からアカデミアへのキャリアチェンジを志す社会人のロールモデルとなることを目指している。2026年7月29日には東洋経済オンラインの会員向けイベント「TK-HUB」で講演予定であり、その内容にも注目が集まる。



