マーケティングの王道とされてきた「ペルソナ」が、今、現場で機能しなくなっている。架空の人物像をつくり込みすぎる罠を回避し、ヒットを生み出す新常識は「徹底した観察」だ。売上を構成する「客数・単価・頻度」という3つの数字に、いかにして「感情」という血を通わせるか。西友やひまわり市場といった成功事例から、どこにもいない架空の誰かではなく、顔の見える「一人」を熱狂させるための新しいアプローチ方法を紐解く。
「月曜日の朝」に飛び込む観察力
名優ロバート・デ・ニーロは、映画の役づくりのために実際にタクシー免許を取り、レディ・ガガは9カ月間ずっと役になりきって生活したという。それは、単にセリフを言うだけでなく、その人物が「どんな環境で生き、何に悩み、どう笑うのか」を、自分の体で理解したかったからだ。ビジネスにおけるターゲット設定も、これと同じだと浅野恭弘氏(アグリエール代表取締役)は指摘する。
「30代・男性・会社員」といった属性データだけを眺めていても、その人の生活にある現実は見つからない。デ・ニーロがタクシーを走らせ、ガガが役になり切って生活をしたように、私たちも「相手の日常」に飛び込んでみることが大切だ。その人は、月曜日の朝にどんな気分でベッドから起き上がるのか。仕事帰りのコンビニで、つい手に取ってしまうものは何か――。
ワンダモーニングショットの成功
この日常のワンシーンを観察することで大ヒットを記録したのが、アサヒ飲料の缶コーヒー「ワンダモーニングショット」だ。それまで缶コーヒーは、一息ついたり、くつろいだりするときに飲むものとして開発されていた。確かにそれは間違いではなかったが、調査を進めると、サラリーマンたちが朝のコーヒーを「よし、働くぞ」と気合のスイッチを入れるために飲んでいることがわかった。求められていたのは癒やしではなく、眠気を飛ばしてシャキッとすることだったのだ。
売上を伸ばす3つの選択肢
売上を構成する要素は「客数・単価・頻度」の3つに分解できる。マーケティングでは、このうちどれを伸ばすかを明確にすることが重要だ。しかし、単に数字を追うだけでは不十分で、そこに「感情」を乗せる必要がある。例えば、客数を増やすには新規顧客の獲得が必要だが、既存顧客の「熱狂」を生み出すことで、自然と口コミが広がり客数増加につながる。
西友の事例では、価格競争に巻き込まれずに、特定の顧客層に深く刺さる商品開発を行った。ひまわり市場では、地域のニーズを徹底的に観察し、品揃えやサービスを最適化することで、リピート率を高めた。これらの成功に共通するのは、統計データだけに頼らず、実際の顧客の行動や感情を観察している点だ。
ペルソナの限界と新たなアプローチ
従来のペルソナ手法では、年齢や職業、趣味などの属性を組み合わせて架空の人物像を作り込む。しかし、浅野氏は「作り込めば作り込むほど、実際の顧客から乖離する危険性がある」と警鐘を鳴らす。ペルソナはあくまで仮説に過ぎず、現場の観察を通じて常に修正していく必要がある。
新たなアプローチとして、浅野氏は「たった一人の熱狂」を重視する。それは、統計上の平均的な顧客ではなく、実際に商品を愛用する「顔の見える一人」に焦点を当てることだ。その一人がなぜ商品を選ぶのか、どんな感情を抱いているのかを深く理解することで、その他の顧客にも響くメッセージや商品開発が可能になる。
『ブランディング一年目の教科書 売れる価値のつくり方』から抜粋・編集された本稿では、ペルソナに頼りすぎないマーケティングの実践方法が紹介されている。観察を通じて得られたインサイトを活かし、顧客の「月曜日の朝」に飛び込むことが、ヒット商品を生む鍵となるだろう。



