今年7月、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士の訃報が報じられた。博士の業績をひとことで言うと、免疫学100年の謎「抗体の多様性」の解明となる。分野は異なるが、若いころに博士の科学に対する姿勢や発言に触発され、感化された経験を持つ筆者が、科学することや「多様性」について考える。
「100年の謎」を解いたノーベル賞受賞
利根川博士がノーベル賞を受賞したのは1987年(昭和62年)。当時、筆者はドイツ・ミュンヘン郊外の研究所に勤めており、研究所のカフェで目にした雑誌で受賞を知った。翌年、米国テキサス大学に異動後、大学図書館のアジア文庫で雑誌「文芸春秋」に連載されていた立花隆氏と利根川博士の対談を見つけ、繰り返し読みふけったという。
そこには「サイエンスでは二度目の発見なんて、意味がない」や「何をやるかより、何をやらないかが大切だ…自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまで研究をはじめるな」といった言葉が並ぶ。また、「サイエンティストにも、すごく頭のいいのと、そうでないのとがいる。…ぼくはそういうんじゃない。記憶力悪いし、ロジックに欠陥があってもなかなかわからなかったりする。…だけど、そのほうがサイエンティストに向いている」という言葉もあった。これらの言葉は分野を超えて息づいている。
常識を覆した遺伝子の組み換え発見
博士の研究の出発点は、私たちの体に備わる「免疫」の仕組みへの疑問だった。外敵には多くの種類があるが、抗体を産出する遺伝子の数には限りがある。どのようにして多様な外敵から身を守るのか。博士が発見したのは、「遺伝子は外敵に応じて、自らそのパーツ(部品)を組み換えることにより、多様な抗体を産出する」というものだった。
当時、「遺伝子は変化しない」というのが生物学の常識であり、基本中の基本だった。それが免疫反応では成り立っていないことを証明した博士の研究が、「100年の謎の解明」と言われるのももっともだ。
宇宙にも満ちる多様性と部品の組み換え
宇宙分野で常識を覆す大発見というと、最近では重力波の初検出や太陽系外惑星の発見が挙げられるが、これらはある程度予想されていたものだった。真に予想外の発見は「加速膨張する宇宙」の発見だろう。これはダークエネルギーという、いまだに正体がまったくわからないものの存在を示唆する点で、まさに常識破りの発見だった。ただし、免疫と違って、私たちの日常生活に何の影響も与えないのは残念だ。
「部品組み換えによる多様性発現」という考え方は、いろいろなところに応用できそうだ。地上を見渡してみても、世の中は多様性に満ちている。人間自体、みんな個性に満ちていて、似たような人はいてもまったく同じ人はいない。その多様な人々が多様な共同体をつくりあげている。宇宙も同じで、じつに多彩な多様性が存在する。各部品が互いに関係しながら発展することにより、その振る舞いに多様性が生まれるからだ。
原理で理解できないものと多様性の本質
大まかにいって自然現象は、原理・原則で統一して理解できるものと、多様性が本質であるものとに大別できそうだ。どちらが正しいかという問題ではなくて、どちらも正しい。宇宙にも、統一的に理解できる現象と、多様性の発現が本質である現象と、両方混じっている。そして研究者にも、基本原理が好きな人と、多様性が好きな人とがいるような気がする。
宇宙という大きな入れものについては、かなりの部分、統一的に理解することができる。宇宙の中の物質の進化も基本理論がたてられている。しかし現実の宇宙の姿をみると、じつに多様性に満ちていることがわかる。例として、ずっと遠くの宇宙の姿をお見せしよう。図はハッブル宇宙望遠鏡が何十時間もかけて取得した宇宙の画像に基づくイラストで、色については見やすいように補整が入っている。
最後に利根川博士について個人的な思い出を記す。筆者は一度、博士の講演を聞いたことがある。内容はあまり覚えていないが、講演しておられる博士の表情や、熱意あふれる語り方はよく覚えている。市民向けの講演では、アンケートをみると、話の中身でなく、それを語る人についての感想が寄せられたりする。天文学者という「浮世離れした人」が、ニコニコ楽しそうに話をしているという事実が人々の癒やしになり、大事なのかもしれない。



