猫の耳は忙しい。左右別々に向きを変え、わずかな物音を追っている。わが家のハニー(茶トラのメス)も、かすかな気配を逃さない。目を閉じてくつろいでいても、耳だけは起きている。
朝、私が新聞を広げ、その下で指先をちょこちょこと動かすと、ハニーが忍び寄ってくる。ネズミでも隠れていると思っているのだろうか。
人には聞こえない高音も猫には筒抜け
人が聞き取れる音の上限は、周波数にして2万ヘルツほど。これに対し、猫はその3倍を超える高音も聞き取れる、とさえ言われる。ネズミは人には聞こえない高い周波数で鳴き交わすが、そんな秘密の会話も、猫には筒抜けだ。猫がネズミを巧みに捕らえられる理由の一つなのだろう。
猫が突然、何もない空間を見つめたり、耳だけを一点に向けたりするとき、私たちには届かない音を追っている。そんな優れた聴覚が、逆にストレスにならないかと心配になる。
地域猫の耳に残された印
街で見かける猫の耳に、切れ込みが入っていることがある。その耳先の切れ込みは、不妊・去勢手術を終えた印だ。地域猫とは、特定の飼い主はいないものの、地域住民らが餌やふんの管理、不妊・去勢手術などに責任を持ち、数が増えないよう見守っている猫のことだ。
2012年10月中旬、地域猫活動が始まって10年になる東京都国立市の住宅街を訪ねた。当時の記事はこう書き出している。
『ニャゴウ、ニャゴウ――。11日午前6時過ぎ、市内の住宅街の一角に7~8匹の猫が集まってきた。猫は片耳の先端がV字形に切られている。不妊・去勢手術を施した印だ』
猫たちに餌を与えていたのは、この地域で地域猫の担当をしていた近所の年配女性だった。住民やボランティア、行政が協力し、不妊・去勢手術、餌やり、周辺の清掃を続けた。記事の見出しには『野良猫の数 住民が管理』『国立で活動10年』『市への苦情大幅減』――などとある。
取材したボランティア団体「猫のゆりかご」代表の後藤由美子さんは当時、『地域猫は1世代限りの飼育が原則で、野良猫の数は自然に減っていく』と話していた。
かわいい耳の代償
耳の形で有名になった猫もいる。スコティッシュ・フォールドだ。丸い顔に前に垂れた耳。その愛嬌ある顔つきは、多くの人を魅了している。私はその昔、スコティッシュ・フォールドを初めて見たとき、この耳は幼い頃だけ垂れているのかなと思った。
そのとき見たスコティッシュ・フォールドが子猫だったため、そんな錯覚をしたのだ。犬の場合、柴犬や秋田犬などの日本犬は、子犬の頃は垂れている耳がおとなになるにつれてぴんと立つ。それを思い浮かべての勘違いだった。
東京都獣医師会副会長の中川清志さんは「耳が変形するのは軟骨の成長異常の結果です。これは骨軟骨異形成症という遺伝性疾患によって生じます」と説明してくれた。
また、「耳だけにとどまらず、全身の骨や軟骨に影響し、関節の奇形や炎症を引き起こします。痛みによって猫の生活の質が著しく低下する可能性もあります」と中川さん。
スコティッシュ・フォールドは脚を投げ出し、お尻を付ける独特の座り方で知られる。「スコ座り」と呼ばれており、かわいらしく見えるが、実は関節の痛みを和らげるための姿勢だとも言われている。
愛らしく見える耳は、猫にとって生涯付き合わなければならない病気の表れでもあったのだ。「人が『かわいい』と感じる特徴を求めて繁殖させることが、猫の苦痛につながりかねない。動物福祉の観点からすれば、繁殖は望ましくないといえるでしょう」。中川さんはそう話す。
猫の耳は、音を聞くだけの器官ではない。喜怒哀楽を表現し、地域の合意を示し、人間の好みが生み出した痛みまで語っている。
あれ、猫の耳のことを考えていたはずなのに、いつの間にか人間のことを考えていた。



