慶応義塾大学の研究チームは、脊髄損傷から長期間経過した慢性期の患者を対象に、ヒトiPS細胞から作製した神経のもとになる細胞を移植する医師主導治験を2027年に開始する方針を明らかにした。これまで回復が困難とされてきた患者に新たな治療の可能性が開けるかどうか、大きな注目を集めている。
慢性期患者への治験概要
この治験は、同大の岡野栄之教授(生理学)がカナダで開催中の国際幹細胞学会で10日に発表した。国内の慢性期脊髄損傷患者は10万~20万人と推定される。治験の対象は、運動機能の一部が残っているものの、受傷から長期間が経過した患者だ。こうした患者では、神経細胞の一部を包む「髄鞘」と呼ばれる部位が損傷しているため、脳からの指令が滞り、手足が動きにくくなっている。
研究チームは、髄鞘を作ったり神経細胞に栄養を供給したりする「グリア細胞」に着目。神経のもとになる細胞は神経細胞かグリア細胞のいずれかに変化するが、今回の治験ではグリア細胞になりやすい細胞を作製して患者に移植し、髄鞘の修復を促す。この手法の安全性を確認するとともに、リハビリを併用して運動機能の改善を図る。
亜急性期での臨床研究の成果
チームはこれまで、受傷後2~4週間が経過した亜急性期の患者にiPS細胞から作製した細胞を移植する臨床研究を実施。患者4人のうち2人の運動機能が改善したと発表している。慢性期患者への治験は、この成果を踏まえた次のステップとなる。
岡野教授は「慢性期の患者はこれまで有効な治療法がなく、社会復帰が難しいケースが多かった。今回の治験で安全性と有効性が確認されれば、多くの患者の生活の質向上につながる可能性がある」と述べている。
今後の展望
治験は2027年に開始予定で、複数の医療機関で実施される見通し。チームはまず数例の患者に移植を行い、安全性を確認した上で、段階的に症例数を増やす計画だ。運動機能の改善効果を評価するため、移植後のリハビリプログラムも併せて開発している。
脊髄損傷の治療は、急性期や亜急性期に比べて慢性期では神経の再生が難しく、世界的にも有効な治療法が確立されていない。iPS細胞を用いた今回のアプローチが実用化されれば、慢性期脊髄損傷治療のパラダイムシフトとなる可能性がある。



