大阪保護のシカ「シカやん」出身は奈良、DNA分析で特定
大阪保護のシカ「シカやん」出身は奈良、DNA分析で特定

大阪市内に迷い込み、3月に保護されたニホンジカの「シカやん」。神戸女学院大などのチームによる調査で、奈良公園(奈良市)を中心とする地域のシカと遺伝子型が同じだったと判明した。調査に用いられたのが、フンなどのわずかな手がかりによるDNA分析だ。野生動物の行動範囲やその由来に迫ることができる。

フンからDNAを抽出

記者は5月中旬、同大の高木俊人・専任講師(分子生態学)らとともに、シカやんのDNAを採取するために大阪府能勢町の民間の宿泊施設「能勢温泉」を訪ねた。大阪市内で捕獲されたシカやんは、この施設で保護されることになり、名付けられた。敷地の一角に設けられた柵の中で1頭でくらす。近づいても怖がる様子はなく、草を食べたり、木陰で寝転んだりしていた。

施設の許可を得て柵の中に入り、高木さんとシカやんのフンを探した。高木さんは「DNAはフンの周りに付いている腸の組織から採取します。乾燥していないことが大切」と話す。高木さんは、採取したフンを兵庫県西宮市の大学研究室に持ち帰り、分析を開始。まずは腸組織から細胞を取り出し、さらに遠心分離器で不純物を除去してDNAを抽出した。

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ミトコンドリアDNAで集団特定

分析に用いるのは細胞核にあるDNAではなく、細胞内器官の「ミトコンドリア」が持つDNAだ。人を含む生物の祖先は約20億年前、エネルギーを作り出す細菌を取り込み、その細菌が現在のミトコンドリアになったと考えられている。ミトコンドリアは、母親から子に受け継がれるため、先祖から続く集団を特定することができる。

高木さんらはこれまでの研究で、奈良、和歌山、三重、京都の4府県に生息する野生シカの遺伝子配列を解析した結果、18のタイプに分けられることを明らかにしている。三つの集団に大別され、シカやんのDNAは、奈良公園を中心に生息する地域の集団と一致。この集団は1000年以上にわたり、独自性を保ってきたという。

シカやんは、捕獲される前の目撃証言や人慣れした様子から、「奈良のシカでは?」と指摘されていたが、科学的にも裏付けられたことになる。

行動範囲の拡大とDNA調査の活用

今回の調査は奈良のシカが行動範囲を広げていることを示す結果にもなった。シカは近年、全国的に生息数を増やしている。環境省によると、シカの分布域は1978年度から2018年度までの40年間で2.7倍に拡大。国土の約7割を占める。温暖化に伴い、冬でも餌の下草があることや林業の衰退、耕作放棄地の増加などが原因に挙げられている。奈良公園でも頭数が急増しており、観光客らの過剰な餌やりが一因とされる。

野生動物のDNA調査は、シカだけでなく、国内生息数を増やしているアライグマやヌートリアなどの外来生物の生息範囲の特定にも利用されている。近年はまた、人への被害が相次いでいるクマ対策にもDNA分析が使われている。クマが出没した場所に残されたフンや体毛などを保管しておき、クマが捕獲された際、同一の個体かどうかをDNAで調べる方法が多くの自治体で採用されている。

シカやクマなどの野生動物の行動範囲が人の生活圏に近づけば、マダニなどを介して感染症が広がるリスクも指摘されている。高木さんは「シカをはじめとする野生動物の分布や由来を把握し、対策を考えるためにDNA調査は欠かせない」としている。

環境DNAによる調査も

フンや体毛から直接DNAを採取する方法ではなく、川や海などの水といった環境中に存在する動物由来のDNAを分析し、周辺にすむ動物の生息範囲を推定する手法も導入されている。「環境DNA」と呼ばれ、体からはがれ落ちた皮膚や体毛、フンなどに含まれる微量なDNAを対象にする。

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川などの水をくみ取って分析する手法のため、フンなどを採取することが難しい希少な動物でも、捕獲することなく、効率的に調査することが可能だ。神戸大のチームは、特別天然記念物のオオサンショウウオの調査に活用しており、京都府の桂川や岡山県の高梁川、広島県の太田川など、西日本を中心とした河川の水からそれぞれの分布域を特定している。