プラトンは「考える技法」を、若者に安易に教えることを戒めていたという。西洋哲学の祖とされるプラトンは、思考の力が悪用されることを強く警戒していたのである。
哲学の祖が警戒したもの
「もっと考えなさい」「批判的に考える力こそが大切だ」――現代では、「考える力」は無条件に善いものとされがちだ。しかし、哲学を事業内容に掲げ、企業で人々の「考える力」を育ててきた経営者で博士(哲学)の吉田幸司氏は、その営みを続けるほどに、プラトン自身が「考える技法」を若者に安易に教えることを戒めていた事実が重くのしかかってくると指摘する。
プラトンは、師ソクラテスを著作に登場させ、「よく生きよ」と説き、「よく生きるとはどういうことか」を問い続けた。善や美そのものを探究する生こそが哲学者の生であると考えた。その一方で、思考の力が悪用されることを強く警戒していた。
彼が危険視したのは、「弁証術(ディアレクティケー)」と呼ばれる思考の技法を、未成熟な人が扱うことだった。問いと対話を重ね、相手の主張にひそむ矛盾をあらわにしながら、真理や善へと迫っていく――ソクラテスが得意とした問答法である。一見すると、これ以上ないほど知的で健全な営みに思える。では、なぜプラトンはそれを警戒したのだろうか。
思考の向ける先を選ぶ
吉田氏は新著『考えない哲学――思考の終わり、行動の始まり』で、思考が真理へと近づく手段になる一方、詭弁や破壊的な懐疑を生み出す危険性もあると指摘する。本稿では、プラトンの著書『国家』を手がかりに、「考える力」を身に付ける前に必要なものとは何かを読み解く。
プラトンは、思考の技法を若者に安易に教えることを戒めていた。その理由は、思考が真理に至る道であると同時に、悪用されれば詭弁や破壊的懐疑を生む危険な道具にもなり得るからだ。安易に「もっと考えろ」と促すことの危険性を、哲学の祖は見抜いていたのである。



