ゲノム解析、言語AIで躍進…単語翻訳から文法・文章の理解へ
ゲノム解析、言語AIで躍進 単語翻訳から文法・文章の理解へ

生命の設計図とも呼ばれるゲノム(全遺伝情報)を、大規模言語モデル(LLM)を用いたAI(人工知能)で読み解く研究が進んでいる。ゲノムはDNAに4種類の塩基で記録され、これをアルファベットで書かれた文章として解読する。従来の手法では限界があった病気の原因や生物進化の秘密などの解明が進むと期待される。

9兆文字分を学習

ゲノムはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4塩基で構成され、人間の場合、文字数に例えると30億字分ある。冗長で同じ文字列の繰り返しも多い。生命の様々な機能を担うたんぱく質を作る情報が記録された遺伝子は全体の1.5%ほどで、残りはかつて意味のない部分と見なされてきた。

従来のゲノムの機能解析はこの1.5%を中心に「重要な遺伝子の配列は進化を経ても変わりにくい」という原理を手がかりに、生物種間で似通った配列を探すことで進められてきた。ただ、この手法には限界があった。言語に例えると、単語は訳せても文法がわからず、文章の解釈が進まない状況に陥っていた。

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こうした状況で、2024年に登場したのが米国のアーク研究所やスタンフォード大、半導体大手エヌビディアなどが開発したAI「Evo(エボ)」だ。チャットGPTのようにLLMで四つの塩基の配列を認識することで、次の塩基を予測できる。従来の手法で気づけないほど、ゲノム上で離れている塩基配列同士が関連する機能も発見できるようになった。

25年に発表された進化版「Evo2」は、12万種以上の生物で9兆文字分の塩基配列を学習済みで、まるで文法を理解しているかのようにゲノムを解釈できる。東北大の田宮元教授(遺伝統計学)は「AIとの融合で、ゲノムの解釈が想像を超えて進化した。新たな視点で難問に切り込むことができる」と強調する。

難病解明に光

LLMを活用したゲノム解析はすでに多くの分野で導入されつつある。

遺伝的要因が多い小児難病はその一つだ。国立成育医療研究センター(東京都)などは、患者の1500家系のゲノムデータを解析しているが、小児難病の約6割は原因が判明していない。共同研究する田宮教授らによるEvo2の活用で新たな原因も見えてきたという。

熱帯地域で流行する感染症マラリアの研究にも応用されている。マラリアを引き起こす寄生虫「ファルシパラム」のゲノムは特異で、遺伝子の6割以上の機能が未知だった。東北大、大阪公立大、東海大、長崎大はEvo2で、ファルシパラムの弱点を探る計画を立てている。

サントリー生命科学財団生物有機科学研究所(京都府)の赤木剛士博士らは、植物の研究にEvo2を用いている。バラ類とキク類は1億年以上前に分岐して性別を決める染色体を独自に進化させたが、特徴がバラバラで比較もできなかった。Evo2を使うと「GやCの含量が高い」などの共通点も見つかった。こうした特徴は哺乳類の性染色体とは異なり、植物の進化への理解が深まることで農作物の品種改良につながると考えている。

日本独自モデル開発

LLMによるゲノム解析への期待は大きいが、複雑な解釈や新たなモデルの開発には膨大な計算資源が必要だ。また、外国の技術に頼り過ぎると、国際問題が生じたときに研究を中断せざるを得なくなるリスクもある。

田宮教授は理化学研究所のプロジェクトで、人間の病気などの解析に適した「ゲノム言語モデル」の構築にも力を入れる。Evo2は二重らせん構造を持つDNAの1本分のデータを使う。開発中のモデルでは2本分を学習させたり、哺乳類と霊長類に特化させたりしている。

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田宮教授は「日本には古くから集められた医療や育種の記録もある。それらも組み合わせながらゲノム言語モデルで解析することで、病気の解明や農産物の品種改良に役立てたい」と話している。

塩基配列の「方言」最適化…細菌の酵素をより活性化

生体の化学反応をつかさどる酵素は、その酵素を含む細菌によって塩基配列が微妙に異なることがある。北里大の榊原康文教授(生命情報科学)は、その違いを「方言」と見なし、ゲノム言語モデルで最適化する研究に取り組んでいる。

方言が生まれるのは、細菌ごとに活動する環境が異なるためだ。そこで榊原教授は、2000種の細菌間で遺伝子の配列がどう変化しているのか、モデルに500万通りの変換パターンを学習させた。

これを利用して、ペット樹脂を分解する細菌から取り出した酵素の遺伝子を、研究で広く使われる枯草菌用に最適化して導入すると、何もせずに導入した時と比べて酵素の量や活性が上がり、ペット樹脂を分解してできた生成物の量が10倍に増えた。榊原教授は「学習量を増やしてさらに精度を高め、細菌を使った有用物質の生産性向上に生かしていきたい」と話す。