「九州沖縄の朝の顔」として平日の朝、テレビの向こう側からすがすがしい笑顔を届ける人気のニュースキャスターがいる。抜群の安定感と知性、チャーミングな人柄で地元で知らない人はいないともいわれる佐々木理恵さんだ。実は気象予報士、防災士でもあり、ニュースを伝えて気象情報もこなす、まれな存在。根底には学生時代から一貫して磨いてきた「デザイン」の哲学がある。
熊本地震から間もなく1カ月、被災地への思い
発災後、どんな思いでニュースを伝えてきたのか。「10年前に震度7の揺れが立て続けにあった熊本地震を思い出した方も多く、不安があったと思う。また大きな揺れが来るかもしれないというなか、『一緒に乗り越えたい』という思いできた。まずは命を守ることを第一に、大事な情報をどう伝えるか、常に想像して放送してきた」と語る。
「発災後も熊本では暑い日が続く。被害が甚大だった八代市などの気象情報を細かく伝え、必要な情報がきちんと届くようにニュースもどんな言葉を添えれば良いか、状況に応じ、お伝えしてきた」
「10年前の熊本地震のときは発災後、間もなく震源地の益城町に入ったが、災害関連死が多かった。今回は災害関連死を出さないため『とにかく伝えなければ』との強い思いできた。しかも、この猛暑。『助かるはずの命をつないでいけるように』と、熱中症やエコノミークラス症候群への注意、片付けよりもまずは体調第一にと、『どんな言葉ならば行動につながるか』を考え、繰り返し伝えてきた」
キャスターで、かつ気象予報士でもある
「私の本筋はニュースだが、一歩踏み込んで伝えたいと気象予報士を取得した。いまは気象解説も行う。たとえば台風や大雨の際に、事前にできる限りの可能性を伝え、備えを考える材料を分かりやすく伝えている」
九州沖縄は豪雨災害も少なくない。「被災者の皆さんにはまずは無理をせず、自分をいたわってほしいとの思いでスタジオに入る。支援の手も増えてきた。この先も台風シーズンなど大変なことがあるだろうが、無事に乗り越えられるよう、放送を通じ常に寄り添っていけたらと思っている。命を守るための備えをもっと伝えられなかっただろうかと悩む日もあるが、同じ九州沖縄の一人として息長く支えていけるようニュースを届けていきたい」
心に伝わる「化学反応」
ニュースキャスターとしての働きがいは、「以前、新型コロナウイルスの感染拡大期がそうだったが、何が何だか分からないときに世の中は混とんとする。『ウイルスがどんなものか。何が分からないのか』といった視聴者の潜在的な疑問に答えなければ、と思った。ただ原稿を読むだけでは見透かされる。だからこそ、『なぜこの情報を伝えるのか』『何事もまずは自分が腑に落ちたうえで、踏み込んだ内容をお伝えしたい』と常々思っている」
「ニュースの言葉には、自分の思いが乗らないと伝わらない。そこはすごく大事で、視聴者の皆さんの心にスッと響くように全力で対応している。放送はチームワークで成り立つが、そこに皆の『化学反応』が起きたときは、非常にやりがいを感じる」
「世の中、つらいことも多いが毎朝、放送を見てくださる方のなかに『きょう一日、頑張ろう』と前向きになれるような人が増えてほしい。放送が、心と世の中の仕組みの両方を良くするきっかけになればいいと思っている」
「伝わって初めて、何かが動き出す」
キャスターの原点とは。「学生時代から音の力を感じてきた。『どうすれば心に響くのか、揺り動かされるのか』と、音響設計の研究に没頭した。音や映像の表現について、科学的にも表現的にも考え抜く学生生活だった。それがいまの自分の下地だ。音がもたらす人への影響の大きさは熟知しているつもりだ」
「音を通じ、全てを駆使して放送をデザインする。ただ、一番大事なのはそこにある愛情だとも思う。デザインは、形そのものではなく『誰かを思いやる気持ち』の多様な表現だとも言われる。たとえば、いすならば、使うユーザー目線に立ちどう心地よく座ってもらうかを考える。実は放送も同じ。放送はいかに人の心に作用するかが肝心だ。『伝える』ではなく、『伝わる』でなければ意味がない。伝わって初めて何かが動き出す。伝えたつもりではなく、心に響かせるためにどう工夫するかが最もやりがいがあるところだ」
「たとえば、音なら緊急地震速報の音はおのずと不安をかき立てるような音階でデザインされている。ドアノブなら自然に握りたくなるように形作られている。ニュースを伝える際、『ここに気付いてほしい』『もっとこんな良い世の中に変わってほしい』と願い、『ではどんな表情で、どんな声色でひと言を添えたら良いのか』と、実は結構、考えながら臨んでいる。添える言葉はわずか5秒、10秒の世界。そのなかでニュースの本質が伝わるよう言葉に思いを乗せることが大事。何か心に響いて変化がもたらされるのなら、そこが一番の醍醐味(だいごみ)だ」
自分を変えた人との出会い
「日本舞踊の稽古で、師匠から『天に向かって踊るものなのです』と教わった。何事も確かにそうで、いまこの瞬間に心に濁りがないか、真っすぐな自分でいるかと心が整うようになった。また『経営の神様』といわれた稲盛和夫さんが残した『人生や仕事の結果は「考え方」×「熱意」×「能力」の3つの掛け算で決まる』という言葉も大切にしている。まさに言葉通りだなと思っている。アフガニスタンで人道支援に尽力し凶弾に倒れた医師、中村哲さんに以前インタビューしたときの、澄んだ瞳も忘れられない」
かしわでを打てば、スタジオの空気が整う
日課にしていることは、「番組前に発声を確認し、スタジオで『よしっ。皆さん聴いてくださいね』と、かしわでを打っている。その場の空気が整い、気持ちも声も整う」
品のある声をどうキープしているのか。「キャスターは体力勝負。睡眠と食事が大事だ。身体の土台をしっかり作り、こまめにうがいをする。のどは強いほうで、聞き取りやすいと言っていただくことが多い。そして、心の声に濁りがなければ実際の声も通りが良くなる。『視聴者の皆さんが幸せであるように』との強い思いで、スタジオに立っている」
筋トレで身体を作り直す
体力勝負ですね。「出産後、身体を作り直そうと始めた。日々スクワット運動をする。毎朝、プロテインを摂取し、梅とちりめんじゃこが入ったおにぎりを食べて放送に臨んでいる。鶏むね肉やブロッコリーを食べることも日課だ」
日本酒も好きだとか。「酒蔵にはよく行く。日本で生まれた文化だ。これからもしっかりと残し、もっと知ってもらいたい。伝統工芸もそうだ。九州北部には有田焼や波佐見(はさみ)焼、小石原(こいしわら)焼といった焼き物の産地があり、大好きだ。私にとり、暮らしのなかで触れると心が豊かになる。これらの魅力も伝え続けたい」
気候変動やエネルギーに関心
これから深めたいテーマは、「2年前に経営大学院でMBA(経営学修士)を取得したこともあり、日ごろニュースを伝えるうえでも大事な視点が増えた。特に関心があるのは、気候変動やエネルギー。災害時の備えも含め、私たちの暮らしや経済に欠かせない。取材する機会も増やしてきて、最も力を入れているテーマだ」
「新しい物事に出合ったときは自分のなかに腑に落ちないところがないか、違和感がないか確かめる。それが次の扉を開くヒントになる。愛とワクワク感をこれまでも、この先も大事にしていきたい」
佐々木理恵さんは、NHKおはよう九州沖縄(平日午前7時45分~8時)のメインキャスター。キャスター歴は18年。福岡市出身。九州大芸術工学部(音響設計学科)を卒業し、同大学院で「芸術工学修士」を取得。幼少時からピアノが得意で絶対音感がある。ビートルズをこよなく愛し、料理にゴルフ、日本酒にアート全般と多彩な趣味を持つ。



