財政難が続くNHKが、受信料収入の下げ止まりを狙って訪問営業を一部地域で再開する。大阪、兵庫、東京、埼玉、愛知の一部で外部法人への委託を再開すると、先月から今月にかけて相次いで発表した。営業担当の松村勝康理事は「対面で視聴者から意見を伺うとともに、受信料制度や公共放送の役割を直接案内することは重要な取り組み」と説明し、「あくまで試行的な取り組みで、かつての訪問主体の営業活動に戻るのでなく、デジタルや書面など新たな営業アプローチの中の一つとして位置付けていく」と話す。
訪問営業廃止から再開へ
NHKは長らく外部法人による訪問営業を実施してきたが、訪問時のトラブルが再三起きていたほか、営業経費もかさむことが問題視されてきた。コロナ禍もあって2023年に訪問営業は廃止され、その後は契約を求める書面を郵送するなど、人海戦術による訪問を行わない「新たな営業アプローチ」に転じていた。
放送法では、テレビ所有者などにNHKとの受信契約義務を課している。23年10月の受信料1割値下げにより、NHKは27年度までの4年間で1000億円の支出削減を余儀なくされ、24~26年度は赤字予算を編成した。27年度の収支均衡を目指しているが、昨今の物価高に加え、若い世代を中心にテレビ離れが進み、思うように新規契約が取れなくなっており、23年度以降は契約総数が毎年、前年度末より30万~40万件減少している。今年度も6月末時点で既に14万件減っている。
さらにコロナ禍や訪問営業の廃止により、契約しながら不払いを続ける人も24年度末には、19年度末と比べて2.5倍に急増。契約総数と受信料収入の「下げ止まり」が最大の課題となっており、27年度の収支均衡達成は容易でない状況だ。
滞納対策で効果も
そこで再び注目されたのが訪問営業だ。大都市圏では、テレビを持ちながら未契約とみられるケースや、契約はしていても滞納を続けている事例が目立つ。最終的には人手をかけないことには改善しないとの認識のようで、事前に書面を送付した上で、外部の委託法人が訪問先との間で以前のようなトラブルを起こさないよう、NHK側が目を光らせるという。
一方、NHKは昨年10月から滞納者に対する民事手続きを強化している。そのことを同11月に報道発表したところ、滞納者の支払い再開が相次いだ。再三の督促にかかわらず滞納を続けると、簡易裁判所を通じて民事督促手続きに踏み切るというNHKの毅然とした姿勢が視聴者心理に与えた“アナウンス効果”が大きかったと考えられる。
滞納件数は25年度末時点で174万件で、前年度末より3000件減り、6年ぶりに減少に転じた。今年度に入ってからも支払い再開は好調で、7月末時点では4万件の未収削減となった。実際の支払い督促申し立ては、4~9月で803件。年間で過去最高となる2000件を超える規模で、全ての都道府県で実施する予定だ。
受信料額の妥当性めぐり
そもそも実際の受信料額は妥当なのだろうか。現在、地上契約は月額1100円、BS番組も見られる衛星契約は同1950円。これらは、ネットフリックスなど有料配信事業者の月額料金と比べて割高感も指摘され、特にBSでは再放送をはじめとする番組の再利用も目立つ。
これについて松村理事は「NHKの受信料は、消費税率変更に伴う改定を除いて、1990年4月の料額改定以降、一度も値上げをせずに、逆に値下げも行ってきた。インフレ、物価高は続いているが、現在も値下げした受信料額を維持している。今年はサッカーのワールドカップやMLB(米メジャーリーグ)も多くの方にご覧いただいている。現在の受信料額が決して高いとは考えておりません」と反論する。
再放送については「視聴者からも(再放送の)要望や問い合わせが寄せられているほか、現在の番組に関連する過去の番組を戦略的に放送することで次回作をより楽しんでいただいたり、深く理解していただいたりすることにもつながる。また、再放送には、NHKが持つ膨大な映像音声資産を視聴者に還元していくという意義もあります」と強調する。
「テレビ不要」への対応と総合受信料の否定
とはいえ、そもそもテレビを不要とする人が増えていることにどう対応するのだろうか。この点、松村理事は、無理やりテレビを設置してもらおうとは考えていないらしい。力説したのは昨年10月、インターネット事業が放送と同等の必須業務となり、受信契約者向けにスタートした配信サービス「NHK ONE」だ。NHKの地上波番組の同時・見逃し視聴や文字ニュースなどを、テレビを持たない人にも使ってもらえるが、利用するには受信契約が求められる。
「ONEを起点に、若年層を含めた視聴者とNHKとの接点を広げていく。テレビ離れが進む中では、やはりONEや『NHKオンデマンド(NOD)』などの、インターネットサービスを含めて公共的価値を視聴者に届けていくことが、新たな受信契約の増加にもつながる」と語る。
必須業務である以上、ONEではBS番組も配信しなければならないが、現状、予算面などから実施されていない。いずれ配信されるだろうが、利用者からすればその番組が地上波由来なのか、BS由来なのかは無関係だ。となると受信料も分ける必要はなく、一本化してもらいたいところだろう。
これは、地上契約・衛星契約を一本化した「総合受信料」の考え方で、ネット社会を見据えて数年前からNHKでも検討されてきた。将来的なことを考えれば、視聴者の多くが放送でなく、ネットを介してNHKの番組を視聴することになるはずで、あながち絵空事でもなさそうだ。ただ、この場合、どこに金額が設定されるかで値上げになる人もいるから、容易には受け入れがたいだろう。
総合受信料について質問をぶつけると、一蹴された。「視聴スタイルの変化のもとで、将来の受信料体系として、地上契約と衛星契約を一本化する総合料金化との考え方があることは承知してますが、これは受信料額の変更が起こり得る考え方。受信料は視聴者の皆さまに広く負担をお願いするものであって、料額に関係することについては極めて慎重に判断する必要がある。その意味で、現時点では料金体系の変更を検討する段階ではなく、総合料金の検討はしていません」
ならばNODを契約者に無料開放してみてはどうだろう。NODは、NHKの過去番組を有料(まるごと見放題パックは税込み月額990円)で楽しめるサービスだ。受信料で賄われるONEと異なり、受信契約者でなくとも契約でき、受信料会計とは別の独立採算で運営されている。もしNODをNHKとの接点拡大に向けた、契約者向けの無料ツールとするなら、値上げになる人も付加価値が得られるため、総合受信料は現実味を帯びるのではないか。
しかし松村理事は「制度上、NODは任意業務の有料サービスで、ONEは必須業務。収入費用の扱いを含めて明確に区分して運営する必要があります」と厳格な線引きを強調。その上で「視聴者の皆さまから、同じNHKのネットサービスとしてONEとNODを一体的に使いたいという声は多くいただいており、双方の行き来が切れ目なく感じられるよう動線や表示の工夫を段階的に進めているところです」と述べるにとどめた。
受信料制度への固執と信頼回復の課題
それでも「受信料制度が一番」と松村理事は明言する。「放送と通信の融合が進む中であっても、確かな情報や豊かな番組コンテンツを、いつでもどこでも誰にでも伝えるという、公共放送、公共メディアとしての役割は引き続き重要で、NHKが自主自立の事業運営を行っていくにあたって、その財源基盤としては、視聴者・国民の理解と信頼の上で、広く負担していただく受信料がふさわしい。ふさわしいというのは一番ということですね」
その上で「昨今の自然災害の激甚化の中、緊急報道の重要性は高まっているし、正確で信頼できる情報への期待も一層高まっている」と語る。しかし、災害報道は民放キー局のほか、地方局も各地のケーブルテレビ局も力を入れており、住民に密着した情報を提供している。NHKがそこまで肩に力を入れる必要もないかもしれない。その点を指摘すると「NHKが持っている全国ネットワーク、これは民間にはございません。この唯一無二である全国ネットワークの強みを維持し、命と暮らしを守る報道をしっかりやっていく強み、使命を果たしていくことで視聴者に貢献していきたい」と返ってきた。
とはいえ、こんなことも口にした。「社会の変化や視聴者の皆さまの声を踏まえて、外部有識者の知見も借りながら、より公平で合理的な負担の在り方について、不断の見直し、検証を重ねていくことが重要。将来的な受信料制度の在り方については、海外の公共放送の事例などもありますし、引き続き研究を進めていく必要がある」。実際、減収によるNHKの規模縮小を危惧し、受信料制度を変更して、財源確保策の抜本的な見直しを求める声は内部にもある。
インタビューで松村理事は、視聴者の「理解と信頼」が受信料制度の前提だと再三、口にした。だが、8月には、職員が番組出演者から性加害を受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症しながら、その職員からの訴えに適切に応じなかった事案が明らかになり、最高意思決定機関の経営委員会でも批判が噴出した。さらに9月には、相手の同意なく性的な身体接触を行ったとして、20代の記者が懲戒免職処分となったことが発表された。
いずれもガバナンス(組織統治)やコンプライアンス(法令順守)の問題で、組織としての信頼が問われる。また、訪問営業の再開でかつてのようなトラブルが再燃してはなるまい。今回の経営計画案は、岐路に立つ公共メディアの将来構想の基盤となるだけに、NHKの進む道と受信料制度の妥当性を国民にどう分かりやすく説明していくのか、今まで以上に注目される。