コロナ禍で会員数が80人から40人に半減した詩吟教室が、エンタメ化による再起を図っている。1200年以上の歴史を持つ伝統芸能・詩吟は、かつて大衆文化として栄えたが、現在は衰退の一途をたどっている。
詩吟のイメージと現実のギャップ
「木村さんはネタを披露する前に『吟じます』と言いますよね。でも、実際の詩吟ではそんなフレーズはない。今の日本ではそんな当たり前の事実すら知らない人の方が多いと思います。私たち『旦早流吟詠会』は、そんな詩吟のイメージを払拭して、より多くの人に詩吟の魅力を知ってほしいと考えています」と、同会の関係者は語る。
正直なところ、エンタの神様リアタイ世代の筆者も、真っ先に天津の木村さんを思い浮かべてしまった。だからこそ、お話を聞いていくうちに、そのイメージとまったく違う詩吟の実態に驚かされることとなった。
平安貴族の嗜みから幕末志士の鼓舞へ
まずは詩吟の歴史について紹介したい。詩吟とは、いつの時代から日本に根付いた文化なのだろうか? 「詩吟は1200年以上の歴史を持つ、素晴らしい日本の伝統芸能なんですよ」と同会関係者。体験に際し、「詩吟は完全に初心者でして、よければイチから教えていただけるとうれしいです」と伝えたところ、その歴史から教えてくれた。
「当時の遣唐使として中国へ向かい、帰国した弘法大師空海が持ち込んだ漢詩の文化がベースとなり、そこから平安貴族の嗜みとして貴族の間で流行しました。時を経て、幕末に刀を振るった志士たちが自分たちの士気を高めるために漢詩を吟じてきたんです」
筆者は完全に初耳だったのだが、江戸時代末期に詩吟は日本中で大流行を巻き起こしていたそうだ。各地域のエリートが「藩校」に通っていたあの時代、藩校で詩吟を学び、それを地元に持ち帰ったことで爆発的に日本中で流行が広がったという。
幕末に吟じられた漢詩は数多く、
- 「留魂録(りゅうこんろく)の絶句」(吉田松陰)
- 「偶感(ぐうかん)」(西郷隆盛)
- 「坂本龍馬を思う」(河野天籟)
- 「囚中の作(しゅうちゅうのさく)」(高杉晋作)
などが挙げられる。
かつては大衆文化として人気を博した
詩吟は平安時代から続く伝統芸能だが、特に江戸時代末期から明治時代にかけて庶民の間で爆発的な人気を誇った。しかし、現代では高齢化や趣味の多様化により、愛好家は減少の一途をたどっている。コロナ禍はその流れに拍車をかけ、多くの教室が会員を減らした。
旦早流吟詠会も例外ではなく、会員は80人から40人に半減。このままでは存続すら危ぶまれる状況だ。そこで同会は、伝統を守るだけでなく、現代の若者にも受け入れられるエンタメ要素を取り入れた新しいスタイルの詩吟を模索している。
具体的には、詩吟の持つリズムや節回しを活かしながら、現代的なアレンジを加えたパフォーマンスを開発。また、SNSや動画配信サービスを活用した情報発信にも力を入れ、詩吟の魅力を幅広い世代に伝える取り組みを進めている。
「詩吟は難しいもの、古臭いものというイメージを変えたい。もっと気軽に楽しめるエンターテインメントとして、多くの人に知ってほしい」と同会関係者は意気込む。
伝統芸能のエンタメ化は、詩吟に限らず能楽や歌舞伎などでも試みられているが、成功の鍵は伝統の本質を損なわずに、いかに現代の感性に合わせられるかにある。旦早流吟詠会の挑戦は、その一つのモデルケースとなるかもしれない。



