小林旭、70年の芸能生活を回顧 石原裕次郎との逸話や10億超の負債も「いい人生」
小林旭、70年の芸能生活を回顧 石原裕次郎との逸話や10億超の負債も

小林旭、70年の芸能生活を振り返る

7月2日に放送されるBS11の音楽番組『鶴瓶のええ歌やなぁ』(毎週木曜 後8:00)に、小林旭と大月みやこがゲスト出演する。落語家の笑福亭鶴瓶とフリーアナウンサー・八木亜希子がMCを務め、名曲の秘話からプライベートまで「歌」と「人生」を掘り下げる大人の歌謡&トーク番組の収録が行われた。日活デビュー70周年の小林と、彼のファンを公言する大月が、小林の芸能人生を振り返りながらトークを展開。歌唱パートでは往年の名曲を披露し、収録後には重みのある言葉も聞かれた。

銀幕のスターが放つオーラと年表

収録スタジオには、日本映画黄金期を牽引した「マイトガイ」こと小林と、デビュー62年で演歌界の第一線を走る大月がそろい、空気が一変。2人の雰囲気で現場は昭和の黄金期のような華やぎに包まれた。鶴瓶が満面の笑みで「銀幕のスター」に花束を贈り、祝賀ムードに。そこには小林の70年の歩みを凝縮した巨大な年表ボードが用意されていた。17歳での日活ニューフェイス合格、石原裕次郎らとの時代を振り返り、鶴瓶の巧みな話術で小林の記憶が鮮やかに蘇った。

小林は17歳の時に年齢を1歳偽って日活ニューフェイスに応募したエピソードから、「お前に役者はできない」と断じた厳格な父を見返したい反骨心があったことを赤裸々に語った。石原裕次郎らライバルについては、一本500万円のギャラを稼ぐ裕次郎に対し、自身は200万円からスタートし、最も迫った時でも400万円だったと具体的な数字を交えた。収録後、小林は「鶴ちゃんはムード作りが上手。相手の話をうまく引き込んで盛り上げることが上手な人。一緒に話していて楽しい」と振り返った。

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衝撃の金銭感覚と10億超の負債

番組が進むにつれ、小林が明かした全盛期の金銭感覚を象徴するエピソードは圧巻だった。ゴルフ場開拓のため大小2機の自家用ヘリコプターを所有し、大きい方は10億円近くしたという。さらに月150万円で専用パイロットを雇い、木場のヘリポートに常駐させていた話には、MC2人からも驚きの声が上がった。その後、ゴルフ場予定地から遺跡が出土し建設中止に追い込まれ、その際の負債は公表された1億4000万円どころか、実際にはその10倍規模に膨れ上がっていたと小林は語った。地獄を見た男にしか出せない深みが感じられた。

大月みやことの絆と歌唱パフォーマンス

親交の深い大月とのエピソードでは、小林の柔和な表情が印象的だった。互いに深い敬意を抱く2人の間には、長年を共に闘い抜いた戦友だけが共有できる温かくも凛とした空気が流れた。歌唱パートでは、一点の曇りもないスター・小林旭が降臨。新宿の歌声喫茶で若者が歌っていたのを聴いたプロデューサーが直感的に選んだ「北帰行」を披露。大月が「胸が熱くなる」と称賛したその歌声は、かつてギターの弦を押さえて電気が走り、今もギターを触るのが怖いと笑う男のものとは思えないほど力強く温かかった。さらに「ついて来るかい」「北へ」、大月は「女の港」と「夢花火」を披露し、収録は最高潮に達した。

収録後のインタビュー「いい人生だった」

収録後、小林と大月が取材に応じた。小林は「とっても幸せ。しばらくぶりにゆっくりみやこと会って、ゆっくり顔が見られたからね」と笑顔。大月は「とても優しい方で、久しぶりにご一緒できて、いい気持ちにさせていただきました」と語った。

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長い芸能生活について小林は「どうってことないよ。いつのまにか70年が経っていた。間に世紀の変わりがあったから早かったのかもね。今でも思い出すと、昭和30年代の忙しかった時だけが思い出に残っています。それから先の昭和40、50年代、平成……平成なんか何にも残っていないよ(笑)」と振り返った。

大月は「子供の頃から見ていたお方。たまたまご縁をいただいて私もデビューし、歌の世界でご一緒させていただいた時から、ずっと途切れなく声をかけていただいております。本当にうれしい出会いだなと改めて感じており、感謝しております」と述べた。

互いの歌声については、大月が「胸が熱くなるような歌ばかりで、小林旭ならではの後ろにあるあたたかさを近くで聴かせていただいて、余は満足です(笑)」と絶賛。小林は「しばらくぶりにゆっくり聴かせてもらってうれしいです。素敵だね。相変わらず、いい声をしているなって」と応じた。

小林は自身の芸能活動について「自分はやりたいことを勝手気ままにやってきて、やらなくてもいいようなことまでやり、借金までして、我ながら『バカだな。こいつは』と思う。それがなかったら、あぐらをかいて、両手両足にうちわで昼寝していただろうね(笑)。ただ、いい人生だった。いろんな意味で生きている実感があったよね。どうせだったら好き勝手なことをして終わった方がいいという結論になるよね(笑)」と語った。