文楽人形遣いの人間国宝、吉田簑助(1933~2024年)の至芸は、「舞台の上でそこだけ別にライトが当たっているよう」だと評された。それほど簑助が遣う女方の人形は華があり、艶やかだった。その名人がこの世を去り2年。三回忌追善公演が31日、大阪・国立文楽劇場で開幕する。
一番弟子・勘十郎が2役を勤める
簑助の当たり役の中から2役を演じるのが、一番弟子として芸を受け継ぐ人間国宝の桐竹勘十郎だ。勘十郎は「師匠へのご恩と感謝を全部詰め込んで勤めます」と強い思いで語る。
勘十郎は、追善公演の第1部「心中宵庚申」で薄幸の妻、お千代を、第3部「本朝廿四孝」でヒロインの八重垣姫を勤める。「心中-」は、姑との不和と親子の義理との葛藤の末、心中する半兵衛(吉田玉男)とお千代(勘十郎)夫婦の物語だ。昭和40年の復活上演以来お千代を持ち役とした簑助は「大好きな役」と話していたという。
「役と同じ呼吸をしろ」という教え
左遣いや足遣いとして師のそばでお千代を学んだ勘十郎が緊張感をにじませるのが、夫の留守中に姑に離縁されたお千代が実家に戻る「上田村の段」の「出(登場)」の場面だ。「駕籠から降りて家の前に立つけれど、敷居が高いという風情でなかなか中に入れない。ここが一番難しい」。簑助はよく「役になりきれ」と言ったが、「役と同じ呼吸をしろ」という意味でもあり、「師匠は『いつ息をしているのかな』というくらい静かに遣っていて、それがお千代にぴったりだった」と振り返る。
簑助から譲られた思い出の演目
武田信玄と長尾謙信の対立を背景にした「本朝-」は、敵方である信玄の息子、勝頼を恋い慕う八重垣姫が起こす奇跡を描いた「十種香の段」と「奥庭狐火の段」が眼目だ。簑助の八重垣姫は気品と華やかさにあふれ、「ビロードのような感じ」だったと目を細める。狐を遣うのが好きな勘十郎に、簑助が自ら「奥庭(の八重垣姫)はお前がやれ」と譲ってくれた思い出深い演目だという。
「簑助貯金」を胸に自分の芸を
芸は師をまねることから始まる。簑助は自分と勘十郎は性格も体格も違うとして、「私がやっていることはお前にはできひんで」とくぎを刺した上で、師から盗んだ芸を土台に「自分の芸を作ること」を求めた。その教えを痛感したのが、簑助が令和3年に引退したときだ。「実はそのときから師匠の舞台映像は見ないようにしてるんです」。その理由は、「師匠の素晴らしい役の世界に引き込まれてしまう。『やっぱりすごいな』と見ほれて終わってしまう」からなのだとか。「もう自分で考えてやろう。自分の形でよいのではないか、と思ったんです」と転機を語る。
とはいえ、「師匠から学んだことは体に染みついていて、ふっと出ることがある」と勘十郎。その教えを「貯金」と呼び、「僕にも『簑助貯金』ができてるはず。自分なりの芸ですが、師匠の追善なので、それが一瞬でも出せたらなと思います」とはにかんだ。
「三代吉田簑助三回忌追善 錦秋文楽公演」は31日~11月23日。第2部「妹背山婦女庭訓」では、吉田一輔が簑助が得意としたお三輪を演じる。国立劇場チケットセンター(0570・07・9900)。