源義経が英雄になれた理由、本郷和人氏が指摘する「対の存在」
源義経が英雄になれた理由 本郷和人氏が指摘

元・東京大学史料編纂所教授の本郷和人氏は、源義経が連戦連勝の天才的英雄として語り継がれてきた背景には、彼を輝かせるために嫌われ役として描かれた人物がいたと指摘する。本郷氏の著書『東大教授、日本史の謎を語り尽くす』(宝島社)から一部を再編集した内容で、義経像の形成過程を史料に基づいて考察している。

「奇跡の天才」かつ「悲劇的な英雄」

源義経は、日本史の中でも特に悲劇的な英雄として語られてきた。少数の兵で平家の大軍を破り、常識外れの戦法で連戦連勝する「奇跡の天才」として記憶されている。一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いなど、義経の名と結びつく戦いは鮮烈で、敵の意表を突く場面が強調されてきた。

こうしたイメージを決定づけたのは『平家物語』の語りである。物語の中の義経は迷いなく動き、常に勝利へと突き進む存在として描かれ、失敗や躊躇はほとんど語られず、成功の場面だけが積み重ねられた。その結果、義経は「考える前に動く天才」「戦の神に愛された英雄」として理解されるようになった。

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大将が斬り込む戦法はリスクも大きい

しかし、史料をもとに義経の戦いを見ていくと、奇跡だけでは説明しきれない側面が見えてくる。義経の戦い方は、全体を統御するというより、自ら前に出て状況を切り開こうとするものだった。一ノ谷や屋島での戦いも、冷静に作戦を立てて全軍を動かした結果というより、その場で判断し危険を引き受けて斬り込んでいった行動として捉えるほうが近い。

大将でありながら自分で前に出る身体の張りようが、義経の強さであると同時に危うさでもあった。勝てば鮮烈な英雄譚になり、負ければ組織を危うくする振る舞いにもなりえた。

義経像を支えた「対の存在」

本郷氏は、義経を英雄として輝かせるために、対照的な人物が嫌われ役として描かれたと指摘する。その人物こそ、兄の源頼朝である。頼朝は義経の成功を妬み、冷徹に排除した「暗君」として描かれることが多いが、実際には鎌倉幕府を安定させた名君だった。しかし、義経の悲劇性を強調するために、頼朝は意図的に悪役として位置づけられたという。

また、本郷氏は頼朝の死因についても言及。暗殺や陰謀説がある中で、史料を紐解くと「落馬」が有力視されると述べている。

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