NHK「ラジオ深夜便」の人気コーナー「絶望名言」に出演中の文学紹介者・頭木弘樹氏が、ビジネスと人生の“絶望”に効く名言を毎週届ける。今回は、1000年前の文豪・紫式部の言葉を取り上げる。
慣れがもたらす成長と悲哀
どんな仕事も慣れるまでが大切だ、とよく言う。慣れてくれば、最初は難しかったことも、楽にこなせるようになってくる。未熟なうちは熟練した人の仕事を見て、「ああ、自分も早くああなりたいなあ」と憧れるものだ。
一人前と呼ばれるようになってくると、ぱっと見ただけでもそれらしくなってくる。寿司職人は寿司職人っぽくなるし、警察官は警察官っぽくなり、ミュージシャンはミュージシャンっぽくなる。性格や態度や雰囲気がその職業らしくなる。もとは生卵だったのが、ゆで卵、目玉焼き、スクランブルエッグなど、特定の形に定まっていくわけだ。
望まない道での成長は悲しい
多くの場合、それは成長であり、嬉しいことだ。しかし、その仕事をしたかったわけではない場合には、悲しく感じることもある。例えば、親の期待や事情で、望まない道に進まざるを得なかった場合、だんだんその役割に適した人間になっていく自分がむしろ悲しいかもしれない。それらしく見えてくることが嫌かもしれない。
頭木氏は、与謝野晶子の「新訳紫式部日記」(『鉄幹晶子全集〈16〉』勉誠出版)を引用。紫式部は宮仕え(宮中に出仕すること)をする中で、自分が「職業の人」らしくなっていくことに複雑な思いを抱いていたという。彼女の言葉は、現代のビジネスパーソンにも通じる深い絶望感を秘めている。
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