大阪・関西万博が閉幕して13日で1年を迎える。大阪を拠点に著作活動を続ける作家の高村薫さん(73)は、今回の万博を「日本の国力の低下をつぶさに感じた万博だった」と振り返る。それはなぜか。また、AI(人工知能)技術が社会のあり方さえ変える時代に、あの万博は何を映し出したのか、話を聞いた。
「事故がなかったのが何よりだった」
分厚い本が並ぶ書棚に仲秋の日差しが差し込む応接間で、高村さんは万博を振り返り、こう語った。
「事故がなかったのが何よりだった」
会場となった夢洲(ゆめしま)は大阪湾を埋め立てた人工島だ。開幕前から南海トラフ地震による津波や交通途絶による孤立のリスクが指摘された。また開幕まで約1年となった2024年3月には会場内の工事現場で地中から発生したメタンガスによる爆発火災も起きた。
「たまたまうまく逃げ切ったかなという感じ。地元の大きなイベントで悪い事故を見なかった。それだけでほっとしたのを覚えている」
「過ぎ去った過去でしかない」
閉幕から1年。大阪の街では今も公式キャラクター「ミャクミャク」のグッズを身につけた人を見かける。
だが高村さんは「この1年間を振り返ったり、思い出したりすることはほとんどなかった」と言う。「終わったらそれで終わり。過ぎ去った過去でしかない」とし、さらにこう続ける。
「残念なことはいっぱいありました。皆さんが楽しみにしていた空飛ぶクルマもあまり飛ばず、とてもしょぼい結果になった。情けなかった」
未来が描きづらい時代の万博
なぜ、そこまで厳しい評価になるのか。大阪・関西万博の閉幕から10月13日で1年。大阪を拠点に著作を続ける高村薫さんは、地元で開催された万博から浮かんだ日本の課題や限界を指摘する。ただ、「次の時代への出発点」もあったと語る。それは何なのでしょうか。
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