連載小説「スモーキングルーム」第321回(千早茜)が公開された。金ボタンがホテルに戻って数年後、ザックの予言通り人類は宇宙へ旅立った。
ホテルと街の変遷
透析治療が普及する前に、蝙蝠は病院で息を引き取った。馬車で訪れる客は姿を消し、御者は観光客向けに馬を走らせるだけとなった。帝国時代の建築を復活させた街には世界中から人が集まり、大聖堂や黒死病の骸骨の山、皇帝家の納棺所、宮廷音楽家の旧宅はすべて観光名所となり、国は観光業で栄えた。
その一方で、黒十字の旗の時代や迫害の記憶は公に語られることが減り、歴史ある美しい観光都市には暗すぎる過去として沈んでいった。森のホテルにも華やかな訪問者が絶えず、「湖畔の宮殿」と称されることもあった。
人々のその後
金ボタンが憧れた金髪女優は若くして亡くなり、彼がその美貌を目にすることはなかった。若い従業員が世界的ロックバンドの髪型を真似るようになり、金ボタンは鋏を持って追いかける日々を送った。そのバンドは、メンバーが熱狂的ファンに撃たれて伝説となった。
砂糖煮の娘はザックを訪ねて海を渡り、大きなリュック一つで旅をしながら各地で働き、ホテルに戻るとバーに立つようになった。自作のシロップで「夜の貴婦人」というカクテルを生み出し、彼女がいることで女性客も一人でカウンターに座りやすくなった。時代とともに「スモーキングルーム」の呼び名は記憶から薄れ、煙の名の由来を知る者も減っていった。
金ボタンの総支配人時代
美丈夫の引退後、金ボタンが総支配人を務めた。彼は三度結婚し、そのたびに引っ越したため、ホテルの鍵束は煙のもとにあり続けた。世界では紛争や戦争が絶えなかったが、ホテルと街が巻き込まれることはなかった。誰もがこのまま続いていくと思っていた。



