2015年、ロックバンド「RADWIMPS」のドラマー山口智史さん(41)は、演奏時に足が思うように動かなくなるミュージシャンズ・ジストニアを理由に活動の無期限休養を決めた。治療法がないとされる“不治の病”だった。それから約10年、山口さんは有明アリーナのステージに立った。どのようにして復帰を果たしたのか。その3748日間の軌跡を、ライターの山内宏泰氏が聞いた。
周りからの「だいじょうぶ」がつらかった
神経疾患のミュージシャンズ・ジストニアを発症した山口さんは、2015年にRADWIMPSの活動休止を余儀なくされた。移住先の葉山で棚田の農作業や「葉山アイス」事業に打ち込み、心身を回復させていった。しかし、根本的な問題は残っていた。ジストニアを克服できたわけではない。
ミュージシャンズ・ジストニアは、演奏時に限って無意識に筋肉がこわばり、コントロールが利かなくなる病だ。山口さんの場合、症状は右足に出た。バスドラムのペダルを踏み込もうとするたび、足が言うことを聞かず、思い通りのリズムを刻めなくなった。
「目に見えない障害で、現象は身体の中で起きているので、症状の言語化は非常に難しい」と山口さんは語る。強い痛みがあるわけでもなく、勝手にブレーキがかかるような状態は感覚的なため、周囲との認識のギャップが生じる。2009年に発症後、数年にわたりバンド活動を続けたが、メンバーやスタッフは「だいじょうぶ、ちゃんと叩けているよ」と励ました。しかし、本人には明らかな違和感があり、「だいじょうぶ」と言われるたびに「なぜわかってもらえないのか」という孤独感に襲われた。
慶応義塾大学との出会いと研究者への転身
山口さんは、ジストニアの原因解明と治療法の研究に乗り出す。慶応義塾大学の研究チームと出会い、自身が被験者として参加する中で、研究の意義に気づく。やがて自ら研究者となり、ヤマハとの共同プロジェクトも開始。ジストニアが起きるメカニズムの解明に取り組んだ。
「もう一度、ドラムを叩きたい」という強い思いが原動力だった。研究を通じて、症状のコントロール方法を模索。約10年ぶりにドラムを叩いたときの「純粋な歓び」を山口さんは忘れない。
3748日ぶりの復帰
2025年、RADWIMPSのツアーで山口さんはステージに復帰。ツアータイトルには、暗闇を経験したからこそ見えた将来の目標が込められている。「未来が過去を意味づける」という言葉通り、苦難の日々が今の自分を作り上げたと山口さんは語る。
復帰まで3748日。山口さんは「暗闇を見たからこそ、見えるものがある」と述べ、今後も研究と演奏の両立を目指す。



