太田光、山田五郎さんへの思い語る「もっと聞いとけば」
太田光、山田五郎さんへの思い語る「もっと聞いとけば」

お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、7月25日に放送されたTBSラジオ『JUNK 爆笑問題カーボーイ』に出演し、7月14日に原発不明がんのため67歳で亡くなった美術評論家の山田五郎さんへの思いを語った。

太田は、かつて共演したフジテレビ特番『アート音痴で悪いか?!』を振り返り、「とにかくあの人、知らないことない。“ふざけた国会図書館”みたいな人じゃん」と、山田さんの博識ぶりを表現した。

最後の対談で交わした言葉

昨年に『週刊現代』で行った対談では、編集者から「たまに体調悪いから、ちょっと元気ないかもしれません。もしかしたら途中で体調悪くなったら休憩入ります」と事前に伝えられていたことを回顧。それでも山田さんは、「まさか、太田くんが来てくれると思わなかったよ。忙しいのに、ありがとうね」と元気そうな様子だったという。

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太田は「うれしくなっちゃってさ。散々さ、昔話で盛り上がっちゃって。2時間半ぐらい話したかな」と振り返り、休憩中も初めて出会った番組の思い出話で盛り上がったと明かした。

対談を終えた別れ際、山田さんから「きょう、本当に楽しかったよ。俺もいつまで生きているかわかんないけど、そろそろ死ぬからさ。これが最後かもしれないけどさ。また会えたら、どっかで会おうや」と声をかけられ、「本当にありがとう」と言葉を交わして別れたとのこと。

「もしかしたら、お別れに呼んでくれたのかな」

太田は「『本当にありがとう』って言ってくれたのが……。あれがだから今から思えば。もしかしたら、お別れに呼んでくれたのかなっていうのもあるし」としみじみ語り、「最後、もう1回ぐらい会いたかったけど」と吐露。「今から思っても、もう今更遅いけどさ。『もっといろいろ聞いとけば』って。必ず人間っていうのは勝手なもんで思うけど」と、故人への思いを口にしていた。

【編集部MEMO】爆笑問題は、1988年に結成された、太田光と田中裕二によるお笑いコンビ。太田プロにスカウトされ、1988年7月にテレビデビュー。以降順調にレギュラーを増やしたが、事務所独立に伴い、一時的にテレビなどから姿を消すことに。その後、1993年に自らの芸能事務所「タイタン」を設立し、同年に「NHK新人演芸大賞」を受賞し、さらに翌94年には、「GAHAHAキング 爆笑王決定戦」で初代チャンピオンに輝くなど再ブレイクを果たした。

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