上白石萌音、保健室登校の過去明かす メキシコ生活で「違う人みたい」と言われる変化
上白石萌音、保健室登校の過去 メキシコで変化

俳優の上白石萌音が、幼少期に保健室登校をしていた時期があったと明かした。8歳から約3年間メキシコで暮らし、帰国後に元の学校へ戻ると、以前からの友人たちにその変化を驚かれたという。

11日放送のTBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』(毎週日曜10:00~11:55)にゲスト出演した上白石が、海外生活を通じて経験した変化を振り返った。

メキシコでの生活と影響

上白石は、8歳から10歳までの約3年間、メキシコで暮らしていた。きっかけは、学校の教師をしていた父親の仕事。父親が海外の日本人学校への赴任を希望して試験を受け、赴任先としてメキシコが指定されたため、家族全員で移り住むことになった。

生活の拠点となったのはメキシコシティ。安住紳一郎アナから現地について尋ねられると、上白石は「もうぜひ、最高の国です」と、今も変わらない思いを口にした。

上白石が特に心を動かされたのは、現地の人々の明るさだった。「本当にみんな楽しそうに生きてるんですよ」。経済的な格差や治安の問題など、さまざまな側面があることにも触れながら、人々が自分らしく生活を楽しむ姿が印象に残っていると説明した。

「幼いながらにすごくそこに影響を、今となってはあのとき受けたんだなっていうことがとてもあって」。海外生活で出会った人々の陽気さや、人との関わり方は、上白石にとって大きな経験になったようだ。

帰国後の変化と苦労

その後、上白石はメキシコから帰国し、鹿児島にある元の学校へ戻った。安住アナが「じゃあ、みんなびっくりしたでしょう」と尋ねると、上白石は帰国前後の自身の変化について語り始めた。

「メキシコ行く前はちょっと学校が苦手で、保健室登校みたいな時期もあったんです」。ところが、帰国して以前と同じ学校に通い始めると、かつての友人から「違う人みたい」と言われたという。上白石は、同じ友人たちから本当に驚かれたと回想。メキシコでの生活を経て、自身の雰囲気や人との接し方に変化が生まれていたことをうかがわせた。

一方で、帰国後には思わぬ苦労もあった。日本を離れていた間の流行が分からず、同級生からさまざまな情報を教わることになったのだ。特に印象に残っているのが、当時の嵐の人気だった。

上白石は、帰国したときに嵐のことを十分に知らず、周囲の話題についていくため、メンバーの名前を一人ずつ覚えたという。「メンバーみなさんのフルネームを覚えました」。安住アナが「勉強のようにね」と応じると、上白石は「漢字まで!」と補足。海外生活を通じて大きく変わった一方、日本の流行には一から追いつく必要があったという、幼少期の思い出を笑顔で語っていた。

『安住紳一郎の日曜天国』は、安住紳一郎アナがパーソナリティを務めるTBSラジオの生番組。2005年4月にスタートし、現在は中澤有美子アナがアシスタントを担当している。次回、10月18日のメッセージテーマは「私の気分が上がるとき」で、アリの研究者・後藤彩子氏がゲスト出演する予定。メッセージが採用されると、オリジナルポストカード「途中下車シリーズ 北九州・旦過市場」がプレゼントされる。