真矢ミキ『おしゃれクリップ』で退団後4年半の苦悩を告白 『男役なんてやってこなきゃよかった』と後悔した過去
真矢ミキ『おしゃれクリップ』で退団後4年半の苦悩を告白 『男役なんてやってこなきゃよかった』

宝塚音楽学校時代は39人中37位

幼い頃は引っ込み思案で、友達も少なかったという真矢ミキ。そんな少女が、とある家族への思いをきっかけに宝塚音楽学校の門を叩いた。しかし、当時の成績は39人中37位だった。

真矢は「37という数字がずっと忘れられなくて…」と振り返り、自らのタレント性に悩み続けていたことを明かす。当時を知る宝塚の同期たちからは、“蛇口みたいに泣いていた”学生時代の姿も語られる。

大地真央との出会いで「急に人生が変わった」

演技の道を歩んでいた真矢に転機をもたらしたのが、在学中に出会った当時の男役トップスター・大地真央だった。その圧倒的な佇まいに衝撃を受けた真矢は、大地に憧れ、その背中を追うように変貌。後に男役トップスターへと駆け上がっていくことになる。

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番組では、真矢と同期の黒木瞳が、当時の大地への“崇拝ぶり”を証言。山崎育三郎と井桁弘恵も驚くエピソードとともに、現在の“真矢ミキ”が形作られた原点が明かされる。

34歳で退団、待っていたのは仕事のない4年半

男役トップスターとして華やかな日々を過ごした真矢は、34歳で宝塚歌劇団を退団。しかし、俳優として歩み始めた第二の人生で待っていたのは、仕事のない4年半だった。

女性役を演じることに対する周囲の評価に苦しみ、「男役なんてやってこなきゃよかった…」と、宝塚で積み重ねたキャリアを後悔したこともあったという。それでも、オーディションからひたむきに挑戦を続けた真矢。そんな時期に、ある大御所俳優からかけられた言葉が紹介される。

夫・西島数博との自宅映像をテレビ初公開

数々の苦悩を乗り越えた現在の真矢について、親友のコシノジュンコが証言。さらに、夫の西島数博と過ごす自宅での映像がテレビで初めて公開される。

そこに映し出されるのは、これまで演じてきた役柄から受ける印象とは異なる、ギャップに満ちた飾らない姿。多くの仲間や先輩との出会いを重ねてたどり着いた現在の生き方を語り、最後にはカメラの前で“自然体のワタシ”を表現する。

真矢ミキのプロフィール

真矢ミキは1964年1月31日生まれ、大阪府豊中市出身。元宝塚歌劇団花組男役トップスターで、1995年に『エデンの東』でトップに就任。写真家・篠山紀信による男役写真集や日本武道館公演など新たな試みに挑み、“宝塚の革命児”として注目された。1998年に退団し、翌年から俳優として活動。映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』、ドラマ『アテンションプリーズ』『ガリレオ』『下町ロケット』『さくらの親子丼』シリーズ、NHK大河ドラマ『どうする家康』などに出演している。

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