毎年7月、東京の寄席定席・新宿末広亭で、講談師の神田伯山が大先輩の落語家・三遊亭遊雀と交互でトリをとる夏の名物興行が、今年も催された。
2026年の趣向は、お化け屋敷プロデューサーとして知られる五味弘文氏を迎え、伯山と遊雀の2人が凝りに凝った幽霊の仕掛けや舞台美術の中で「怖い怪談」を披露するというものだ。
ただでさえ毎回チケットの確保に苦労する超人気興行だが、主役の2人が寄席の高座で見たことのない怪談に挑戦するとなれば、争奪戦の過熱は必至。筆者も7月3日(伯山トリ)と6日(遊雀トリ)の2日間の席をなんとか確保した。
第三夜(7月3日・夜の部)
プログラムは春風亭愛昇「子ほめ」、神田梅之丞「鹿島の棒祭り」、オキシジェン「漫才」、古今亭今いち「英会話」、神田鯉栄「寛永三馬術・出世の春駒」、林家花「紙切り」、広沢菊春「左甚五郎・掛川宿」、桂文治「鈴ヶ森」、東京ボーイズ「歌謡漫談」、神田松鯉「天保六花撰・玉子の強請」、仲入休憩、坂本頼光「映画説明『石川五右衛門の法事』」、三遊亭萬橘「豊竹屋」、三遊亭遊雀「看板のピン」、ボンボンブラザース「曲芸」、梅之丞&遊雀「怪談の前説」、主任=神田伯山「四谷怪談・お岩誕生」。
天気は晴れ、入りは満員御礼で立ち見も札止め。筆者は上手側(舞台に向かって右側)最前列のパイプ椅子に座った。
16時15分、夜の部開演。トップバッターの愛昇は、春風亭昇也に入門したばかりの一番弟子で、「今日が末広亭の初高座です」と明るく爽やかに言い放ち、満場の拍手を受けた。
続く梅之丞は伯山の一番弟子で、最近二ツ目に昇進。師匠から「神保町シアターで侠客物の映画を勉強してこい」と言われて行ったら、1か月丸々『ドラえもん』特集だったという笑い話を披露した。
漫才コンビのオキシジェンは、三好が「女性議員みたいですが」とピンク系のジャケットに白ズボン姿で登場。新山ひでや・やすこ師匠のエピソードを交えたネタで笑いを誘った。
久しぶりの鯉栄の姿に、観客から「たっぷり!」の声がかかる。休業前の得意ネタ「出世の春駒」を披露したが、緊張で息を整える場面もあった。
浪曲の菊春は「左甚五郎・掛川宿」をうなる。曲師の夫人・広沢美舟が座布団を使わず直接床に座って演奏しているのが気になった。
文治は「鈴ヶ森」の途中で後輩の愛昇をいじり、「今日末広亭の初高座で『子ほめ』やりやがって」と観客に愛昇の名を印象づけた。
東京ボーイズの人気ネタ「謎かけ小唄」では、観客から「藤井風」のリクエストが出て、ウクレレ担当の仲八郎が「藤井風は今日お休みです」と切り返し、最後は「温室メロンと解きまする〜。甘いマスクで売れてます〜」と喝采を浴びた。
人間国宝の松鯉は、怪談でお岩さんをやる時は於岩稲荷にお参りに行ったほうがいいとアドバイスしつつ、自身は今年も行ってきたと語り、「天保六花撰」を読んだ。
仲入休憩中、筆者は拙著「新宿末広亭 令和の定点観測」にサインを入れたところ、何冊か売れたようだ。
活動弁士・頼光の映画説明は、寄席の色物としてすっかり定着。今回は「石川五右衛門の法事」(1930年、斎藤寅次郎監督)を選び、「私のネタも怪談だけど、怖くないです」と語った。
寄席興行も終盤、遊雀が登場。今夜はトリの伯山が怪談なので、遊雀は普通の噺。「やんない日の方が緊張しちゃって」と頭をかき、伯山から「笑いもないし、その気になってやった方がいいすよ」とアドバイスされたが、「クサすぎ」と言われたと明かした。
ボンボンブラザースの曲芸を挟み、舞台美術の設置に時間がかかるため、弟子の梅之丞が幕の前で「怪談の前説」を担当。途中から遊雀も加わり、掛け合いとなった。
恐怖の仕掛け「四谷怪談・お岩誕生」
そして伯山の登場。前半5日間のネタは「四谷怪談・お岩誕生」。講談の「四谷怪談」は長編でわかりにくいが、お岩が誕生するまでのエピソードはよく読まれている。口演時間は30分前後で、話はシンプルながら凄惨な場面が散りばめられている。
高座はお化け屋敷の様相。釈台の周りに燭台が11本並び、両脇に障子があり、後半は黒御簾が下りて不気味な感じに。クライマックスは照明が暗転し、ガタガタと風雨の大きな音が鳴り響き、幽太(若手が扮する幽霊)がリアルなメイクの人形のような顔で場内を回り歩く。客席のあちこちで悲鳴が聞こえた。
最後は幽霊役の伯山の弟子に、楽屋に残った文治、頼光、鯉栄らも加わっての三本締め。いつもとタッチが違う伯山の講談が新鮮だった。
第六夜(7月6日・夜の部)
プログラムは玉川わ太「子ほめ」、神田鯉花「柳沢昇進録・お歌合せ」、オキシジェン「漫才」、三遊亭花金「粗忽の釘」、三笑亭夢丸「御用心」、びり&ブッチィー「クラウン芸」、広沢菊春「柳生二蓋笠」、柳家蝠丸「弥次郎」、東京ボーイズ「歌謡漫談」、神田阿久鯉「水戸黄門記・火吹竹の戒め」、仲入休憩、片岡一郎「映画説明『スタコラサッチャン』他2本」、三遊亭萬橘「不精床」、神田伯山「扇の的」、ボンボンブラザース「曲芸」、梅之丞&伯山「怪談の前説」、主任=三遊亭遊雀「怪談牡丹燈籠・お札はがし」。
天気は晴れ、入りは満員御礼。筆者は下手側(舞台に向かって左側)最前列のパイプ椅子に座った。
前座のわ太は玉川太福の一番弟子で、落語もなかなかの腕前。今日の「子ほめ」は3日夜の愛昇と同じ演出だった。
漫才のオキシジェン、ツッコミの田中は「名探偵コナン」の青山剛昌のいとこで、小学校の宿題の絵を書いてもらい鳥取県の賞を取ったと明かした。
夢丸の新作「御用心」は、人がいいピストル強盗と何でもあげてしまう被害者の男のミステリー風味の噺。
びり&ブッチィーのクラウン芸は、無言で体の動きだけで笑いを生む確かな芸。
蝠丸は文治の代演で「弥次郎」を披露。サゲを繰り返し、「こないだ、お客さんに『いいかげんにしろ』と怒られた」と語った。
活動弁士の片岡一郎は「スタコラサッチャン拳闘大会」「西部劇」「弥次喜多」の3本立て。繊細な話術が得意だ。
萬橘は「(怪談を待っている)お客さんの私に対する気持ちは『帰れよ』でしょう」と自己評価が低い。
今日は怪談をやらない伯山は遊雀のサポート役に徹し、「『扇の的』はちゃんとやれば35分ですが、今日は7分でやります!」と宣言。
梅之丞の「前説」は慣れてきた様子で、途中から伯山も参加しコール・アンド・レスポンスが始まった。
遊雀の怪談「牡丹燈籠」
トリの遊雀が高座に出ると、第一声は「伯山殺す!(場内大爆笑)さんざんあおりやがって!」だった。
遊雀はこれまで本格的な怪談をやらずにいたが、三遊亭円朝作品は丁寧に人間心理を描きじわじわと恐怖を盛り上げるもので、むしろ遊雀の得意分野ではないかと筆者は見る。
遊雀はお露と新三郎のなれ初めから悲劇の始まりまでを抑えた口調で語り、途中で「ここまでいいですか? こんな感じで行きます(笑)」と一息入れた。
両脇の桟敷席の後ろに牡丹燈籠を下げたお露、お米の幽霊が映り、要所で不気味な音がする。「お札はがし」の場面では、暗闇の中、黒子が最前列の客に耳打ちし、客が舞台脇に貼られた本物のお札をはがすという演出。筆者の目の前にもお札のようなものがあった。
客席を巡った後、高座に上がって遊雀の背後に控えたお露(神田鯉花)とお米(三遊亭遊かり)は、本物の歌舞伎役者に着付け、髪、化粧をしてもらったという。2人が持っていた牡丹燈籠は今年8月の歌舞伎座で使うものだという。
一席終わって出演者が高座に集まり、三本締めの音頭は遊雀に「萩原新三郎のイメージ」と言われた菊春が担当。変な声がけをして皆からツッコミを受けた。
大枚の資金を使って新しい寄席の怪談作りに挑戦した伯山と遊雀。この挑戦を全員で盛り上げた出演者と裏方の若手たちの手柄と言えるだろう。



