歌手で俳優の美輪明宏さんが6月20日午前9時30分、老衰のため東京都内の自宅で死去した。91歳だった。所属事務所オフィスミワが28日、公式サイトで公表し、生前にしたためた直筆メッセージを公開した。
「ありがとう」の言葉を残し静かに眠る
公式サイトには「訃報」として「突然のご報告となりますが、弊社所属の歌手で俳優の美輪明宏が、六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました」と掲載。生前の感謝を伝えるとともに「この一年は、高齢のため仕事をセーブし、体力の回復に努めておりました。約三ヶ月前に体調を崩してからは、自宅で静養しておりました。最後は『ありがとう』と一言感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じました」と最期の様子を明かした。
直筆メッセージに込めた平和への願い
公開された直筆メッセージでは「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません」「この世のすべての問題を解く鍵は愛です」「愛があれば戦争なんか起こりません」と力強い言葉が綴られている。事務所は「世界各地で戦争や災害が起き、地震や洪水など大きな災害も後を絶ちません。そのたびに多くの尊い命が理不尽に奪われる悲しい世の中になってしまいました。日本国内でも闇バイト、通り魔、SNSによる誹謗中傷など、平気で人を殺めたり、傷付けたりする事件が増えているようです。美輪の願いは、この世からあらゆる差別、偏見をなくし、すべての人が平和で明るく楽しく生きていける共生社会の実現でした。その願いを込めたメッセージです。本人が常々口にしていた言葉です」と説明している。
長崎出身、16歳でプロ歌手デビュー
美輪明宏さんは長崎県出身。16歳でプロの歌手となり、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」を拠点にクラシック、シャンソン、タンゴ、ラテン、ジャズと幅広いジャンルを歌い注目を集めた。1957年に「メケメケ」が大ヒット。また日本におけるシンガーソングライターの元祖として「ヨイトマケの唄」など多くの曲を自作した。
俳優、声優、バラエティでも活躍
俳優としては、寺山修司主宰の「演劇実験室天井桟敷」旗揚げ公演『青森県のせむし男』『毛皮のマリー』に参加・主演。その後『黒蜥蜴』(江戸川乱歩原作)、『双頭の鷲』『椿姫』『大典礼』など当たり役多数。ドラマや映画にも多数出演し、宮崎駿監督の『もののけ姫』『ハウルの動く城』では声優を務めた。テレビ朝日系『オーラの泉』などバラエティ番組でも活躍。2012年、77歳でNHK紅白歌合戦に初出場した。
多方面で活躍した芸術家の生涯
美輪さんはコンサート、舞台、映画、テレビ、講演、著作と多方面で活躍。その生涯を通じて愛と平和のメッセージを発信し続けた。直筆メッセージは「美輪明宏」の署名とともに、遺志として多くの人の心に残るだろう。



