槙原寛己氏、ドラフト1位直後に停学処分の過去を告白
槙原寛己氏、ドラフト1位直後に停学処分の過去を告白

元読売ジャイアンツ投手の槙原寛己氏が、8日放送のBS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』に出演し、ドラフト1位指名直後に停学処分を受けた高校時代のエピソードを明かした。

愛知県立大府高校から1982年のドラフト1位で巨人に入団した槙原氏。プロ入り後は新人王や完全試合を達成し、“ミスターパーフェクト”と呼ばれたが、その野球人生の入り口で運転免許を巡る出来事があった。

プロ入り前に隠れて教習所へ

槙原氏が運転免許を取得したのは高校3年の冬休み頃。当時、その地域では高校生が免許を取りに行くことが認められていなかったという。それでも槙原氏は、プロ入りすれば免許を取る時間がなくなると考え、実家の近くでひそかに教習所へ通い始めたが、「チクられまして……停学になりました」と告白した。

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突然の停学処分におぎやはぎは「えぇー!? 停学になっちゃうの!?」と驚き。ドラフト1位指名直後の停学に、本人が誰よりも驚いたと約40年前を振り返る。

契約金でソアラ購入も「写真を撮るために買ったみたい」

槙原氏が20歳で手に入れた初めての愛車は、トヨタの高級パーソナルカー・ソアラだった。購入理由は「契約金が余っていたのもあり、とにかく何かが欲しくて買った」と説明。しかし、当時は球団の寮で生活し、マイカーの所有が認められていなかったため、車は実家に置いていたという。

オフに1週間ほど帰省した時だけソアラと対面し、「その時に写真を撮ったり眺めたり……それだけでうれしかった」と回顧。「東京では乗っていなくて、写真を撮るために買ったみたいになっていました」と笑う。番組では久しぶりに初愛車を運転し、「デジタルパネルが懐かしい~!」と興奮しながら走り出すが、思わぬ出来事に見舞われる。

巨人のスター選手が乗った“金色の車”

22歳の時には、定岡正二氏から話を持ち掛けられ、メルセデス・ベンツ 380SLCを購入。当時すでに一軍で登板していたことから「自分へのご褒美だった」と振り返る一方、「たぶん高値で売られたと思う」と笑わせる。

巨人の先輩たちの愛車の話題では、矢作兼から「誰の車が一番すごかった?」と聞かれ、槙原氏は「篠塚和典さん!」と即答。さらに、ある選手が金色のガルウイングのベンツに乗っていたと告白。その車が多摩川の練習場に現れると、選手たちの間で「アラブが来たぞ!」と話題になっていたという。小木博明も「そういう人には見えなかったなぁ~」と驚く、その持ち主が明かされる。

このほか、1985年にケガで一軍登録を抹消された時期に購入した赤いスバル・アルシオーネや、引退後の愛車、憧れの超高級車、一目ぼれした希少車も登場する。

編集部メモ

槙原寛己は、愛知県立大府高校から1982年のドラフト1位で読売ジャイアンツに入団した元プロ野球選手。高速のストレートとフォークボールを武器に、1983年に新人王を受賞。30歳でプロ野球史上15人目となる完全試合を達成し、“ミスターパーフェクト”の愛称で親しまれた。約20年間の現役生活で通算463試合に登板し、159勝を記録。2001年の引退後は、野球解説者やタレントとして活動している。

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