塚本晋也監督の最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』が、カナダで開催中の第51回トロント国際映画祭スペシャル・プレゼンテーション部門に正式出品され、現地時間15日に北米プレミアが行われた。本作はベトナム戦争に従軍したアレン・ネルソン氏の証言をもとに、18歳で戦地へ送られた青年が帰還後、PTSDに苦しみながら自らの“加害”と向き合っていく姿を描く。
ベネチアで日本初の受賞、国内公開も好調
第83回ベネチア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされ、イタリアの高校生が選ぶ「レオンチーノ・ドーロ賞(金の小獅子賞)」を日本作品として初めて受賞。日本では9月11日に全国8館で公開され、公開から5日間で約1万3000人を動員、興行収入2000万円を記録している。
上映後のQ&Aでキャストが登壇
トロントでの上映後、塚本監督をはじめ、壮年期のアレン・ネルソンを演じたロドニー・ヒックス、青年期のアレンを演じたマーク・マーフィー、ダニエルズ医師役のジェフリー・ラッシュが登壇した。塚本監督は、戦争を題材にした映画を再び手がけた理由について、2015年公開の『野火』を完成させた時点では「戦争をテーマにした映画は、もうこれでおしまい」と考えていたが、それから約10年を経ても世界情勢が不安定なままであることから「もう一度、戦争をテーマにした映画を作るべきだと思いました」と返答。反戦活動を続けたネルソン氏について「彼にもう一度スクリーンに戻ってきてもらい、その物語を伝えてほしかった」と映画化への思いを明かした。
壮年期のアレンを演じたヒックスについて、塚本監督はオンラインでのオーディションで見せた「演技の正確さ」と役に対する強い情熱にひかれ、終了直後に起用を決めたと振り返った。青年期を演じたマーフィーは、ヒックスに似た人物を求めてオーディションを行ったなかで「ものすごく自然で、共感できる演技」に魅了されたという。ダニエルズ医師役のラッシュには「そこにいるだけで存在感があり、ユニークで人を引きつける雰囲気が備わっている」と賛辞を送った。
キャストが語る作品への思い
ヒックスは、ネルソン氏の人生を演じる上で大切にしたものとして「癒やし」を挙げ、「この映画には多くのトラウマが描かれていますが、その根底を貫いているのは“癒やし”だと私は信じています」と語り、アレンの人生を「一人の男性が癒やされていく旅路」と表現。しかし同時に「癒やしとは綺麗なものでも、すっきりと整ったものでもありません。それは混沌としていて、一直線には進まないものです」とその複雑さにも言及した。
自身もPTSDと向き合った経験があるというヒックスは、撮影に入る前、セラピストに「自分を見失わずに、これを演じ切ることができるだろうか」と相談。約2年間にわたって調査を重ねながら、現場では準備したものを手放し、共演者と塚本監督を信頼して感情の流れに身を委ねたという。本作で映画デビューを果たしたマーフィーは、経験豊富な俳優陣との共演を「本当に圧倒されるような経験だった」と振り返り、ヒックスとは「兄弟のようになれた」といい、ラッシュを冗談交じりに「ラッシュおじいちゃん」と呼んで会場を沸かせた。「映画や演技を追求し続けたいという僕の情熱が、より確かなものになりました」と出演が俳優としての転機になったことも明かした。
アカデミー賞俳優のラッシュは、出演の決め手となった脚本を「非常に純粋で繊細だった」と評価。戦場での激しい暴力とは対照的なカウンセリングの場面を「静寂に満ちた小さなオアシス」のように感じたと語った。監督、脚本、撮影、編集を自ら担う塚本監督については「これほどの実力者とは、これまで一度も仕事をしたことがありません。彼自身が映画そのものなのです」と絶賛。「塚本監督との仕事を通して、映画について多くのことを学びました」と敬意を表した。
遺族も来場、感動のコメント
この日は、劇中にも登場する元妻のリンダさんや息子のショーンさん、妹のマーシェルさん、従妹のビバリーさんら、ネルソン氏の家族も来場していた。ショーンさんは「映画に圧倒されました」と語り、「父は人をとても愛し、戦争を嫌っていました。まだ父が生きているかのようです」と感想を寄せた。リンダさんは「当時のことをよく覚えています。深い悲しみを感じました。アレンはすごく平和的な人でしたが、ベトナムで変わってしまいました。つらい経験の心の置き場所を探さないといけなかった」とコメント。劇中でリンダ役を演じたタチアナ・アリに対しては「最適なキャスティング」と太鼓判を押し、「監督のアレンの描き方には感動しました」と語っていた。



