塚本晋也監督、ベトナム帰還兵の手記を映画化 「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」公開
塚本晋也監督、ベトナム帰還兵の手記を映画化 「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」公開

映画監督の塚本晋也による最新作「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(9月11日公開)が、ベトナム帰還兵の手記を基に、戦争と人間、そして人を殺すことの恐ろしさを正面から描き出す。塚本監督は、なぜ映画で戦争を描くのか。その理由を語った。

戦争映画監督への転換

塚本監督は1960年生まれ。20代の終わりに発表した「鉄男」(1989年)でローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞。以来、都市と人間をテーマにした作品で国内外の注目を集めてきた。最新作は、第83回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に選出されている。

大岡昇平の戦争小説を原作にした「野火」を2014年に発表して以降、幕末を舞台にした時代劇「斬、」(2018年)、戦後の闇市をめぐる「ほかげ」(2023年)と、戦争を描いてきた。2015年6月のインタビューでは「“戦争映画監督”に転換するつもりはない」と語っていたが、「野火」公開前後には安全保障関連法案成立をめぐって日本社会が揺れ、「(戦争に日本が大幅に近づくことへの)心配が一向に消えなかった」という。戦争というテーマが、昔から作りたかった時代劇や闇市映画と溶け合い、危機感と「監督としての欲望と野心」が重なって「作る発動力」になっていった。

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使命感に駆られた映画化

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」における「発動力」は、前の3作品とは趣を異にする。「アレン・ネルソンさんをこの映画によみがえらせることに関しては、個人的な欲望というよりは、やや使命感強しという感じでした。アレン・ネルソンさんが今必要でしょう、と」と塚本は語る。

原作者アレン・ネルソン(1947〜2009年)はニューヨーク・ブルックリン生まれのアフリカ系アメリカ人。貧困や差別から抜け出すため18歳で海兵隊に志願入隊し、ベトナム戦争の最前線へ。帰国後、PTSDに悩まされ、長年苦しんだ末に戦争の悲惨さ、愚かさを訴える講演活動を行うようになった。日本での講演は1200回以上を数えた。

映画では、治療のためのセッションでの回想という形で、ネルソンを苦しめる加害の記憶、殺りくの光景が描かれる。ネルソン役はミュージカル「RENT」の初演キャストとしてデビューしたロドニー・ヒックス(ベトナム従軍前後の若い時代はマーク・マーフィー)が務め、精神科医ニール・ダニエルズ役にジェフリー・ラッシュ、講演をサポートする日本人・黒井役にリリー・フランキーが出演する。

自伝との出会いと製作決定

塚本が原作の自伝(『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』講談社文庫刊)に出会ったのは「野火」の準備をしていた頃。多くのノンフィクションが戦場での体験を被害者の目線で書く中、ネルソンは自らの加害を正直に書き残していた。「日本の人も明らかに『した』はずですが、アレンさんのように一つの人生をかけて、しっかり物語った人は自分の知る限りは見つからなかった」と塚本は言う。

2018年からプロットを書き始めたが、「この映画を作るのはものすごく大変そうだし、考えると気持ちがふさぐんで、誰かが僕をプロデューサーにして作ってくれないかなと思った時も実はあります」と振り返る。大変だったのは物語のスケールが「シンプルにでかい、でかすぎる」から。ネルソンは実在の人で、家族への接触、ベトナムやアメリカでの撮影など「すべてのことが大変なので、考えるだけでもう、ちょっとため息が出ちゃうみたいな感じでした」という。

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それでも動きは止めず、取材を開始し、出資者を探してプレゼンテーションに時間を費やした。紆余曲折を経て木下グループが単独で製作を決定。条件は主要登場人物に世界中の誰もが知る俳優をキャスティングすることだった。主演のヒックスとはZoomでのオーディションを繰り返すうちに出会い、「ものすごく熱心な上、演技が的確。実際のアレンさんに似ている人という条件もクリアしていたので、割と一発でもうお願いしたいと思いました」という。相手役のラッシュは「シャイン」や「パイレーツ・オブ・カリビアン」で知られる名優で、「こんな立派な方がやってくださるのは難しいと思ったのですが」実現した。ラッシュの息子も「塚本監督の作品なら絶対出たほうがいい」と背中を押したという。

撮影の工夫と伝える意志

撮影は2025年2月からタイ、アメリカ、日本、ベトナムで行われた。「今回のスタッフのみなさんが優秀だったのですべてのものが素晴らしく揃った。一番足りなかったのは時間」。とりわけアメリカではスタッフ、キャストの労働時間が厳格に定められていたが、「難しいところはメリットに変える、むしろそれでよかったねというふうにするのが自分たちのいつもの方法」と、カメラを三つに増やして限られた時間を有効に使った。

ネルソンが体験した戦場の凄惨さ、PTSDの苦しみから目をそらさないこの映画。ネルソンが自らの戦争体験を語った理由は、当初は自分の病気の回復が主たる目的だったが、ある段階から「自分の子どもの世代のために伝えなきゃっていう気持ちが発芽する。そうやって伝えていくことで自分の症状も緩和されていく」という。講演活動はアメリカの学校の教室から始まり、国外へも広がった。

塚本監督は「ロドニーさんに情熱をこめてしっかり語ってもらって、それを(聴衆役で)参加してもらった人たちの演技に影響させていく。これは大事なポイントでした」と語る。また、「『野火』の前に父親も母親も亡くなって、それまでは自分本位の映画を作ってたんですけれど、これからはそういうのはダメって、心を改めて(思った)。自分だけ喜ぶのはダメよって」と話す。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」(英題:Mr. Nelson, Did You Kill People?)は、監督・脚本・撮影・編集を塚本晋也が務め、2026年製作、日本・英語、上映時間116分。製作は木下グループ、制作プロダクションはキノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films、配給はキノフィルムズ。