フランスから富山へ帰郷、映画監督・平井敦士さんが長編挑戦
仏から帰郷の映画監督・平井敦士さん、長編へ挑戦

13年間をフランスで過ごし、映画監督としてキャリアを積んできた平井敦士さんが今年、活動の拠点を故郷の富山市に移した。個人事業主として「平井フィルム」の屋号で開業し、企業映像などの制作を始めた。富山を舞台にした短編2作品で国際的な評価を得た実績を踏まえ、長編映画への初挑戦も視野に入れている。

映画への情熱とフランスへの渡航

平井さんは富山市水橋地区出身。幼少期からアクション映画を好んだ父の影響で映画に興味を持ち、東京の映像専門学校を経て2012年に渡仏した。フランスを選んだ理由は、映画発祥の地であり、敬愛する北野武監督が評価された欧州で「自分のやりたいことが評価されるのでは」と考えたからという。父に反対されたが、「『そんな甘い世界じゃない。不可能じゃないか』と言われて腹が立ち、もう帰ってくるもんかと反発して飛び出した」と振り返る。パリの映画学校で学んだ後、フランスの映画監督ダミアン・マニベル氏に師事し、助監督として経験を積んだ。

国際映画祭での成功

早期に結果を出した。水橋で撮影した初の短編「フレネルの光」(25分)が2020年、スイス・ロカルノ国際映画祭の短編コンペティション部門に選出。2023年には県内の銭湯を舞台にした「ゆ」(22分)が、世界三大映画祭の一つであるフランス・カンヌ国際映画祭の独立部門「監督週間」に選ばれた。「ゆ」は、年末に富山に帰郷した男性が亡き母の通っていた銭湯を訪れる物語で、カンヌを含む56の海外映画祭に招待され、19の賞を受賞した。

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しかし、帰郷までの約2年半は「若干のスランプ」だったという。「次の映画を作ろうと思って脚本を書いても、ものにできない。『ゆ』がうまくいきすぎて、プレッシャーも感じていた」と語る。父も監督業を応援するようになり、いつか富山に戻るつもりではいた。この間に富山出身の女性と結婚し、2月には子どもが生まれた。フランスでの子育ては考えられず、これを機に帰郷を決めた。

帰郷後の展望

帰郷後は幅広く映像制作の仕事を請け負いながら、新作映画の制作も目指している。テーマは構想中だが、「富山の豊かな自然を撮りたい。自然とそれをたたえる人々の祈り、みたいなことに今は興味がある」と思いを巡らす。一方、これまでに八丈島で造られた焼酎のPR映像の編集などを手がけたが、「まだ全然仕事がない」のが実情だ。「帰って来たことを知らない人もいるはず。営業もかけて実績と基盤を作り、少しずつ広げていきたい」と意気込んでいる。

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