第97回アカデミー賞国際長編映画賞のイラク代表作品『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』(2026年8月7日公開、配給:Elles Films)の本編映像と、監督インタビューに監督メッセージ動画、新場面写真4点が公開された。
リオネル・メッシに憧れる少年の物語
本作は、リオネル・メッシに憧れるバグダッドのサッカー少年・ハムディが、イラク戦争に翻弄されながら困難から立ち上がる姿を描く。爆撃で片足を失っても「サッカーへの想い」を胸に歩み続ける少年の姿は、希望さえも飲み込もうとする非情な現実の中で、人間が生き抜くことの真の意味を問いかける。
2015年にアカデミー賞短編実写部門の最終候補作品を長編映画化し、各国の映画祭で最優秀賞を席巻。主演のアフマド・モハメド・アブドラも、第10回ドホーク国際映画祭にて最優秀男優賞を受賞した。主演アフマド自身も5歳の時、テロによって片脚と最愛の父を失っており、その経験が本作に比類なき説得力を与えている。
本編映像:危険な検問所を通過する父子
公開された本編映像は、片足を失った少年ハムディが地元サッカーチームへの入団を目指し、チームメンバーにテレビを見せることを条件に交渉を進める中、そのテレビが壊れてしまい、修理のために戦争で危険なバグダッドへ向かう父子の姿を捉えた一幕。
父・カディムは危険すぎる道中を懸念して反対していたが、紛争で片足を失った我が子の唯一の希望であるサッカーを奪いたくない一心で、バグダッド行きを決意する。しかし、車に乗った親子を待ち受けていたのは、一瞬の油断が死に直結する検問所だった。兵士から開口一番問われたのは「宗派は?」という質問。カディムは自らの本当のアイデンティティであるシーア派であることを必死に隠し、命がけで「スンニ派だ」と偽る。
さらに、理由もなく大切なテレビを取り上げようとする兵士に返却を懇願するカディム。しかし、その願いを遮るように突きつけられる銃口。「バン!」と撃つふりをして卑劣な嫌がらせをする兵士。いつ命を奪われてもおかしくない緊迫した状況に、誰もが息をのむシーンだ。
この検問の裏には、イラクが抱える複雑で凄惨な宗教対立の歴史が存在する。当時のイラクは少数派のスンニ派と多数派のシーア派に分かれており、少数派に属するフセイン大統領はスンニ派を優遇し、シーア派住民を抑圧していた。宗派の違いによる内戦状態に突入したイラクでは、双方が幹線道路で独自の検問を敷き、敵と判断されればその場で射殺されることも日常茶飯事だった。スンニ派が支配する検問所でシーア派であることが露見すれば、彼らの命の保証はない。
監督インタビュー:長編化の経緯とサッカーへの思い
監督のサヒム・オマール・カリファは、公式インタビューで次のように答えている。
――短編を長編映画にすることになった経緯を教えてください。
サヒム・オマール・カリファ 元々短編として制作された本作は、2015年にアカデミー賞短編実写部門の最終候補に選出されたほか、多くの国際映画祭で受賞するなど、大きな成功を収めることができました。元から長編化を目指して立ち上がった企画ではありませんでしたが、この大きな反響を受けて、プロデューサーから「非常に力強い物語だから、ぜひ長編映画にしよう」と提案をいただいたのです。それから10年近い歳月をかけて脚本や登場人物を深く練り直し、長編として制作することを決断しました。短編をご覧になった皆様にとっても、改めて観る価値が十分にある作品に仕上げることを何よりも重視しました。
――映画の題材として「サッカー」を選んだ理由は何でしょうか?
サヒム・オマール・カリファ イラクにおいて、サッカーは最も人気のあるスポーツの一つです。特に当時のような戦争の最中においては、スポーツという存在が人々の心を支える極めて重要な役割を果たしていました。私自身、24年前にベルギーへ移住した際、それまでイラクでずっと続けていたサッカーをやめてしまいました。家族と一緒に移住でき、幸せなはずなのに、なぜか心が満たされない感覚が続いていたのです。「何かが足りない」と自問自答を重ねて気づいたのは、自分にとってその欠けていたピースがサッカーだったということでした。サッカーをやめてしまったから、幸せを感じられなくなっていたのだと気がつきました。だからこそ本作では、サッカーが持つ魔法や、人々を動かす力そのものを描きたかったのです。
――映画のタイトルにもなっている「リオネル・メッシ選手」をモチーフとして選んだのはなぜでしょうか?
サヒム・オマール・カリファ 実は映画を制作する前、私自身はメッシ選手に特別な思いがあったわけではありませんでした。ではなぜメッシだったのかというと、2009年にUEFAチャンピオンズリーグ決勝(マンチェスター・ユナイテッド対バルセロナ)があり、そこでメッシ選手が大活躍をしたからです。当時、世界で最も象徴的な選手のひとりだった彼をタイトルに据えれば、一目で「サッカーを巡る物語だ」と理解できると考えました。ただし同時に意識していたのは、ストーリーがメッシ中心になりすぎないようにすることです。これはメッシの物語ではなく、あくまでイラクの物語であるということを常に念頭に置いて制作しました。しかし何より嬉しい驚きだったのは、タイトルに名前を使わせていただいた後の周囲の反応でした。なんとバルセロナが公式にこの映画を取り上げて紹介してくれ、メッシ選手本人も本作の存在を知ってくれたのです。彼らが作品や、主演を務めたアフマド君のことを多くの人々へ発信し応援してくれたことには、心から深く敬意と感謝を抱いています。
――監督が考える「戦争がもたらすもの」とは何でしょうか?
サヒム・オマール・カリファ イラクは常に戦争と隣り合わせの国でした。当然、戦争は即刻終結すべきものです。しかし戦争は破壊をもたらす一方で、人々や社会を大きく変革させる力も持っています。かつてヨーロッパや日本が悲惨な戦争を経て大きく発展したように、イラクにもまた、未来へ向けて変わっていく可能性があると信じています。
――日本の観客の皆様へのメッセージをお願いします。
サヒム・オマール・カリファ 私の母国の物語を、日本の皆さんと共有できる機会をいただけたことを大変嬉しく思っています。私は常に、観客の方々が映画館を出て家に帰った後も、描かれた物語や登場人物たちに思いを馳せ、深く心に残り続けるような作品づくりを目指しています。イラクは、子供たちが子供でいられる時間が短く、ヨーロッパなどの諸国に比べても、あまりに早い段階で大人になることを強いられてしまう国です。本作をご覧になった後は、ぜひ彼らが置かれた現実や物語、登場人物の胸中に深く思いを巡らせてみてください。それこそがこの映画の核心であり、そこからきっと新しい発見があるはずです。
ストーリーと出演者・スタッフ
2009年、イラク戦争下のバグダッド。メッシに憧れる11歳の少年ハムディ(アフマド・モハメド・アブドラ)は、仲間たちと泥だらけのサッカーボールを日々追いかけていた。しかし、一瞬の爆撃に巻き込まれ、目覚めると片足を失っていた。夢も自由も奪われ、さらにアメリカの警備会社で通訳をする父を憎む者に家を焼かれてしまった一家は辺境の村へ逃れる。片足を理由に地元のサッカーチームから拒絶され、何もかもが変わってしまった世界で居場所を見失うハムディだったが、閉ざされた少年の心を両親の愛が動かし、もう一度夢を見るために一本の足でも立ち上がろうとする。しかし、戦争という無慈悲な現実はなおも容赦なく彼らに襲いかかる――。
出演者は、ハムディ役にアフマド・モハメド・アブドラ、サルワ役にザフラー・ガンドゥール、カディム役にアセール・アデル。監督はサヒム・オマール・カリファ。© A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver



