米音楽界の大物プロデューサー、クライブ・デービスさん死去 94歳
クライブ・デービスさん死去 94歳 米音楽界の巨匠

米音楽界の大物プロデューサー、クライブ・デービスさんが22日、死去した。94歳だった。家族が発表した。デービスさんは、アレサ・フランクリンやブルース・スプリングスティーン、ホイットニー・ヒューストンなど、数々の大スターを世に送り出したことで知られる。

音楽界に残した功績

デービスさんは、ロックンロールやジャズ、初期のヒップホップ、ポップスに至るまで幅広いジャンルを受け入れ、バリー・マニロウをはじめとする若手アーティストを次々と発掘し、スーパースターへと押し上げた。1967年のコロンビア・レコード社長就任以前から、音楽に対して揺るぎない情熱を持ち続け、ポップ・カルチャーに消えることのない足跡を残した。

家族の声明と死因

デービスさんの家族は、X(旧ツイッター)への投稿で「今日、私たちはその影響力で音楽を永遠に変えた第一人者を称えるだけでなく、優しさと寛大さ、そして思いやりをもって私たち家族を率いてくれた存在に感謝を捧げる」と述べた。死因については言及されていないが、米音楽誌ローリング・ストーンは、上気道の疾患で5月下旬に入院していたと報じている。

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音楽界の先見者としての評価

家族はまた「音楽の先見の明がある人物」とデービスさんについて表現し、その直感と、卓越性、そしてヒット曲への絶え間なき追求が「数え切れないほどの人々の人生や思い出を彩る、最高のサウンドトラックを生み出してきた」と称えた。さらに「彼は現代の音楽史上、最も偉大なアーティストたちを発掘し、育て、擁護し、何世代にもわたって受け継がれる不滅の足跡をカルチャーに残した」と続けた。

手がけたアーティストとキャリア

グラミー賞も多数受章しているデービスさんは、ジャニス・ジョプリン、ビリー・ジョエル、サンタナ、ノトーリアス・B.I.G.、エアロスミス、ピンク・フロイド、エース・オブ・ベースといったスターたちと契約し、プロデュースを手がけた。1974年から2000年までは、自身が設立した「アリスタ・レコード」を率い、その後、独立系レーベル「Jレコード」を立ち上げた。RCAミュージック・グループでは最高経営責任者(CEO)も務め、ソニー・ミュージックエンタテインメントのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)にも就任した。

アーティストからの追悼

ブルース・スプリングスティーンはデービスさんを「偉大な人物であり友人」と振り返り、22歳のときにコロンビア・レコードとの契約を結んでくれたことで「人生が変わった」と語った。また、バリー・マニロウは「50年間、私たちは共に働き、共に創り出し、共に議論し、共に祝ってきた。ビジネスだと言う人もいるかもしれないが、クライブさんにとってそれは決してビジネスではなく、『家族』だった」と述べた。

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