肖像画家が画業を引退すると公爵夫妻に伝えたのは、まだ老いた執事がいた頃だった。肖像画家は弟子である息子に工房を譲ると言い、公爵夫妻は面識のあったその息子画家に屋敷の屋根裏部屋を使う権利を引き継がせた。けれど、当時、公爵一家の屋敷への訪れは間遠になっており、肖像画の依頼も以前に比べて随分と減っていた。
執事の引退と息子画家の登場
間をあけずして、肖像画家の後を追うように老いた執事も引退し、針金が執事になった。
息子画家は額が広いところ以外、父親の肖像画家とまるで似たところがなかった。身なりには構わず、睨めつけるように周りを見、怒鳴るように喋った。粗野な振舞いの男だったが、街の帝国美術学校で工芸と古典絵画の教育を受けており、自らの作品を装飾する額まで自身で設計して作ることができた。大学の解剖学の講義にも参加していた。
父とは異なる精確な肖像画
彼の描く肖像画も父親とは違った。素描は極めて正確で、描かれた肉体の厚みや筋肉の弾力を感じさせ、レースの編み目も服のひだも眺めているだけで布の感触が伝わってきそうな繊細さだった。特に、女性を描くのに秀でており、濡れた瞳も、柔らかそうな唇も、血管の透けそうな肌も、生きているかのようだった。
描かれた女性は自分の分身に対峙したような気分になり、その女性の恋人や夫は奇妙な不安感を覚えた。絵の中にいるのは確かに自分に近しい女性で、黒子の数や場所、鎖骨の窪み、腰骨の高さ、笑った時にできる皺、全てが正しく描かれている。けれど、果たしてここまで完璧に写し取ることが可能なのか。隅々まで描かれたということは、隅々まで暴かれたということと同義ではないのか。その証拠に、そっくり同じはずなのに、絵の中の女は妙に胸をざわめかせる。隅々まで知っているはずの女の目の中に、自分の知らない何かが潜んでいる気がして、男たちは息子画家の絵を気味悪がった。



