リトアニアの詩人トマス・ヴェンツロヴァの『トマス・ヴェンツロヴァ自選詩集』(櫻井映子訳、東京外国語大学出版会・4290円)が刊行された。孤独や抑圧に苦しむとき、私たちは何に救いを求めるのか。この詩集は、困難を生き抜くための示唆を与えてくれる。
日本初のリトアニア語原典からの翻訳詩集
ヴェンツロヴァは1937年生まれ。2歳のとき祖国リトアニアはソ連に強制編入された。反体制運動に関わりながら当局の監視を逃れるためソ連国内を転々とし、39歳でアメリカに亡命。その後、詩を書きながら大学で教鞭を執り、81歳でリトアニアに戻った。現在も旺盛な執筆活動を続けている。
彼の詩集は世界各国で出版されてきたが、日本でリトアニア語原典から訳された詩集が刊行されるのは本書が初めて。さらに、詩人自身が作品を選んだ自選詩集としては世界初の刊行となり、その意義は大きい。
歴史と文化への連帯が生む希望
ヴェンツロヴァの詩の大きな特徴の一つは、星空を見上げてはギリシャ神話を思い、夜明けの光にフランスの詩人ランボーを想起し、身近な風景を古代ローマの壺の紋様になぞらえるなど、現代の日常のなかに歴史や過去の文化、文学とのつながりを見いだすことにある。
ヴェンツロヴァは、あらゆる時代と文明のなかに同志や友人を見つけようとした。「窓は見えない星の方に開かれている」と詠んだように、彼の心の窓は常に豊かな世界へと開かれていた。世界の文化とのつながりは、体制下で迫害され孤立を強いられた詩人にとって、生きる力をもたらしたことだろう。
また、過去や同時代の詩人、運動家への言及は、弾圧された者たちの声に耳を澄まし、詩を通じて彼らと連帯しようとする試みでもあった。そしてヴェンツロヴァは、「名前を知らない」人々の生もまた、詩のなかで永遠化していく。
閉塞した状況に置かれていても、人は文化を通じて、時代や場所を超えて他者とつながることができる。そうした希望を、この詩集は静かに示してくれる。