紺碧のアビタシオン第19回 父の背に救われた美貴子、母の言葉に棘を感じる
紺碧のアビタシオン第19回 父の背に救われた美貴子

美貴子は海で溺れかけるが、父の背中に乗せられてブイまで泳ぎ着き、無事に岸へ戻る。母から「女性らしく」と言われ、その言葉に小さな棘のようなものを感じて、生涯忘れられない思い出となる。

父の背中で海を進む

「いやだ、いやだ、まだ、死にたくはない」と思ったそのとき、後ろから父の声がした。「美貴子!」と叫ぶ父の顔がそばにあり、「背中に乗って!」と言われた美貴子は、言われるままに父の広い背中に乗った。

そうやって海を進み、父が酒樽のブイに腕を伸ばすと、美貴子もブイにつかまって荒い息を整えた。岸を見ると、日傘をさした母と富美子が、首を伸ばして心配そうにこちらを見ている姿が目に入った。

母の言葉に感じた棘

「大丈夫か?」という父の声に、美貴子は緊張の糸がほぐれて声を出して泣いた。父はそんな美貴子の頭をやさしく撫でてくれたが、それ以上のことは何も言わなかった。ブイにつかまってひとしきり泣き、息を整えてから、また父の背中に乗って岸を目指した。岸に上がると、急に重力を感じ、足がひどく重かった。

「お姉様ばかりずるい!」と富美子は頰を膨らませて怒り、母も「あなたにはそういう向こう見ずで野放図なところがあります!」と声を荒らげた。それでも美貴子にあたたかい飴湯を飲ませ、タオルで体をそっと拭いてくれた。

忘れられない思い出

母は「自分の力を過信してはいけません! 美貴子さんはもっと……もっと女性らしくなさい」と言った。普段はそんなことを言う母ではない。溺れかけた自分を心配する言葉だということもわかる。けれど今日は、「女性らしくなさい」という言葉にちくりとした棘のようなものを感じた。いつもなら右の耳から左の耳に聞き流してしまう母の小言。けれど、その小さな棘は美貴子がその先の人生を進むようになっても、いつまで経っても抜けなかった。

さて、美貴子が星ヶ浦で溺れそうになったこの年、東京帝大の建築科を卒業した二人の若者がいた。そのうちの一人は大学院に籍を置き、東京女子高等師範学校で住居学の授業を受け持つことになる。もう一人の青年は、パリの建築家のアトリエで、「日本人ならもっと繊細な図面を引くだろう。さ、もう一度、やり直して」と叱られていた。