紺碧のアビタシオン第14回 和室の権威に違和感 美貴子の記憶
紺碧のアビタシオン第14回 和室の権威に違和感

窪美澄の連載小説『紺碧のアビタシオン』第14回が公開された。美貴子は和室に漂う権威主義的な空気に違和感を抱き、その感覚を終生持ち続ける。また、大連で初めて見た白いスーツ姿の「あの人」=川島芳子の存在が描かれる。

和室での父の姿

普段、父は家族や使用人にも分け隔てなく接し、三時のティータイムには紅茶とクラッカーを楽しんでいた。しかし和室では、上座である床の間の前に来客を座らせ、深く頭を下げた。正月の家族だけの時間には、父は床の間を背にしていた。

母に促され、教えられたように畳に手をついて頭を下げたが、美貴子はそうしたやりとりが嫌いだった。父がこの家の家長でいちばんえらい人であることには異論がないものの、紅茶を手にテーブルを囲んでいたときのような和やかさが和室にはなかった。

権威への違和感

父がいちばんえらく、その下に母や美貴子たちがいる。言葉にうまくできないが、からめとられているような不自由さが和室にはあった。いつもより少し偉そうにしている父を見ることも苦手だった。権威を示すための部屋や家がある。大人になった美貴子ならば言葉にできたかもしれないが、当時の美貴子はまだその言葉を持たなかった。だが、終生、その部屋にある権威主義のようなものを美貴子は嫌った。

大連で見た「あの人」

光風台に暮らし始めてから、学校帰りに「あの人」を見かけることがあった。真っ白なスーツ姿で、髪の毛も男性のように短く切り、胸に真っ赤な一輪の薔薇をさしている。顔を見る限り、その人は女性だった。美貴子は大連で初めてそんな人を見た。その人のまわりだけ空気が光っているようにも見えた。

同級生たちがこそこそと小さな声でつぶやく。「えっ、だあれ? あの方って」と美貴子が口を挟むと、「知らないの? 川島芳子さまよ。清朝のお姫様の」と一人の友だちが得意げに答えた。「お姫様……」なのになぜ、あの人は男の人のような服装をしているのだろう。