『本作り500年の歴史』(アダム・スミス著、村上彩訳、原書房・5280円)の書評を、同志社大教授の佐藤翔氏が寄せた。読者が期待するのは中身の紹介であり、印刷や紙の質、装丁を論じることではないかもしれない。本で重視されるのは中身で、「本の製作者」としてまず思い浮かぶのも著者や編集者など中身の製作者だろう。
「もの」としての本と人々の貢献
しかし紙の本は「もの」であり、本作りは「もの作り」でもある。ある本が、ある形で「もの」としてあるのは、そう作った人々がいたからだ。印刷者、レイアウトや字体を選んだ者、その字体の開発者、製本者、印刷する紙の製作者。それらの人々の貢献の上で、本がある。
そうした「もの作り」としての本作りのさまざまな面の歴史を、携わった人々に焦点を当ててたどるのが本書である。そこには有名・無名の多くの人々が登場する。
多様な本作りの世界と現代のZINE
英国初期の印刷業者は、時に同じ挿絵を別のページに使い回しつつ、多くの大衆向けの本を市場に出した。一方で300年後のある活字開発者は、「本質的に価値のある本」だけを美しく印刷するために字体を洗練した。興味深いことに、前者の現存する本は書き込みだらけだが、後者には読者も気圧されるのか、ほぼ書き込みがないという。
時代を下ると印刷・製本も工業化されるが、そんな時代にあえてごく少部数の本を、手作業で製作することに人生を費やした人々もいた。さらには本を一から作るばかりではなく、既成の聖書を切り貼りして長大な一冊にまとめ直した姉妹や、少しでも名前が出た人物に関連する版画を集め、追加して製本し直す趣味が流行した時代も本書には登場する。本作りの世界は多様だ。
最終章では現代のZINEも扱われる。日本でもZINEや文学フリマなど「本作り」に価値を見いだす人々は多い。情報の媒体だけではない、本というもの作りの魅力は、500年を経た今も変わらない。
結局、本稿も中身の話ばかりとなった。「もの」としての本書の特徴については、手に取って確かめてほしい。