スモーキングルーム第313回。病床の蝙蝠は、かつて煙と遠出した思い出を語り始めた。日が暮れるとホテルに戻りたがる煙と、夜通し歩いて帰った日のことを。「寒いし、腹は減るし、足は痛いしで、最悪な休日だった。それでも、楽しかったとあいつは言った」と蝙蝠は述懐する。
蝙蝠の苦悩
蝙蝠は、煙がホテル育ちであるがゆえに、あそこ以外での顔を持たないと指摘する。砂糖っ子もホテルで育ったが、彼女はお前たちの娘であり、ジャム瓶の孫で弟子だったため、あまったるい子供の顔でいられた。しかし煙は違った。蝙蝠は、金ボタンが現れるまで、煙にどう接するべきかわからなかったと明かす。
蝙蝠は眉間にしわを寄せ、大きく息を吐き、カウチの背もたれにぐったりと寄りかかる。顔色はますます濁っていく。金ボタンが「おい、大丈夫か」と慌てて声をかけると、蝙蝠は「糞」と小さく罵った。
別れの言葉
蝙蝠は、金ボタンといる時くらい抜け目のない上司でいたかったと語る。ここでの自分は惨めったらしい病人であり、治療が最優先で尊厳が奪われると訴える。私の尊厳は、私らしさは、ホテルにあった。あそこは舞台だった。あそこにいないと私は私を保てないんだ。こんな私の姿は忘れてくれ。私は副支配人の蝙蝠を演じ続けていたかった……と、最後は呻くように言う。
眼球が落ち着かなく動き、脂汗が流れる。異変に気付いた看護婦たちが足早にやってくる気配がした。蝙蝠は手で浮腫んだ顔を覆い、「もういけ」とつぶやいた。
金ボタンの決意
金ボタンは、もう蝙蝠と共に働く日はこないことを悟った。目をとじ、悟られないようそっと深呼吸をして、無理に笑った。「『おべっか蝙蝠』がらしくない謙虚さじゃないか。早く総支配人の座を奪いに戻ってくれ」と言うと、蝙蝠に背中を向け、光あふれる中庭を後にした。



