映画監督・小津安二郎の戦後第1作「長屋紳士録」(1947年)のタイトルが、当初「東京物語」となる可能性があったことが、新たに確認された脚本から明らかになった。この脚本は準備段階のものとみられ、表紙に「假題 東京物語」と書かれているが、その上に取り消し線が引かれ、横に「長屋紳士録」の文字が加えられている。もし仮題がそのまま採用されていれば、1953年に公開され歴史的名作として名高い「東京物語」は別のタイトルになっていた可能性もある。
脚本の発見と経緯
この脚本は、横浜市の新田浩二さん(61)が所有している。新田さんによると、脚本は「長屋紳士録」を小津監督と共同で執筆した脚本家・池田忠雄の家族が所蔵していたものを、36年前に譲り受けたという。ガリ版刷りのわら半紙をひもでとじてあり、準備段階のものとみられる。表紙の「假題 東京物語」の文字と取り消し線、そして後に加えられた「長屋紳士録」の筆跡が確認できる。
「長屋紳士録」の内容
「長屋紳士録」は、終戦直後の東京を舞台に、親とはぐれ長屋に連れて来られた少年と、世話を押しつけられた一人暮らしの女性が次第に心を通わせていく人情劇だ。小津監督らしい軽妙なやりとりが見られ、小津組の常連俳優である飯田蝶子や笠智衆が出演している。
「東京物語」との関係
もし「長屋紳士録」が「東京物語」というタイトルで公開されていたら、その6年後に公開された「東京物語」は別のタイトルを選ばざるを得なかった可能性が高い。小津監督の代表作であり、世界的にも高く評価される「東京物語」のタイトルが変わっていたかもしれないという点で、今回の発見は映画史に新たな一石を投じるものだ。
専門家の見解
映画研究者によると、小津監督は作品のタイトルにこだわりを持っていたことで知られ、「長屋紳士録」も複数の候補から最終的に決まった可能性がある。今回の脚本は、その過程を示す貴重な資料であり、小津の創作プロセスを理解する上で重要な発見だとしている。
今後の展望
新田さんはこの脚本を研究機関に寄贈することを検討しているという。専門家は、この発見をきっかけに小津作品のタイトル変更に関するさらなる研究が進むことを期待している。



