タワマン文学の新境地『ぬひんさまの塔』が描く不可視の序列と怪異
タワマン文学の新境地『ぬひんさまの塔』が描く不可視の序列と怪異

「タワマン文学」があらわれて久しい。富裕層になっても抜け出せない序列付けの激しい世界をシニカルに、ときには哀切をともなって描き出すジャンルだ。学歴や収入、世間体を常に気にしなければいけない窮屈な世界の象徴として、都心のタワーマンションが舞台に選ばれてきた。

異様な管理規約と「ぬひんさま」のしきたり

ただ本作の舞台となるタワマンは、どこか様子がおかしい。肩書だけを抜き出せば都心にある21階建てのヴィンテージのタワマンなのだが、住人には異様な管理規約が課せられているのだ。低層階の人間は高層階の人間に話しかけてはいけない、外部の人間を招き入れてはいけない…。なかでも目を引くのが、当番制で「ぬひんさま」にお参りをしなければいけないしきたりだ。

マンションの庭にある祠にはぬひんさまと呼ばれる守り神がおり、住人は神様を怒らせないよう、風紀を守るよう徹底されていた。しかし、新たに引っ越してきた清那をはじめとする住人たちに、ひとのものではない<気配>や、おぞましい<何か>が忍び寄る。

地位や肩書の空虚さを浮き彫りにする恐怖

これはぬひんさまの仕業なのか-常に漂う薄気味悪さと、膨れ上がっていく恐怖の真に迫る描写には震え上がってしまう。そして読んでいくうちにこうも思う。どれだけ高い地位を手に入れようとも、人智を超えた存在にとっては等しく「人間」でしかないのだと。

人ならざるものを常に予感させることで、住人たちのこだわる地位や肩書の空虚さが、より浮き彫りとなる。また、地位や肩書に対するこだわりは、それらを失うことへの恐れの裏返しでもあるはずだ。目に見えない序列や地位を強く意識する人々の姿は、怪異を恐れる振る舞いと大差なくも思える。

あらゆる人間に潜む「ぬひんさま」への恐れ

ぬひんさまはいないと思うかもしれない。しかし本作のタワマンの住人に限らず、あらゆる人間は、ぬひんさまのような目に見えない概念を恐れているのではないか。恐怖を巧みに重ねた本作は、人ならざるものの存在を、背筋が凍るほどに強く意識させる。