ネズミ除けの猫絵「新田猫」 養蚕農家の切実な祈り 県立歴史博物館蔵
ネズミ除けの猫絵「新田猫」 養蚕の祈り 県立歴史博物館蔵

古くから群馬県は全国でも有数の養蚕県でした。短期間で現金収入を得ることができる養蚕は農家にとって家計を支える大きな役割を担い、蚕を「オカイコサマ」あるいは「オコサマ」と呼び、大切にしてきました。しかし、生き物である蚕は天候や病気の影響を受けやすく、飼育技術が改良される一方、人々は神に繭の豊作を祈りました。

蚕室に猫の絵を貼る風習

豊蚕祈願のひとつに蚕室等に猫の絵を貼り、蚕や繭を食い荒らすネズミを除ける呪いとする風習がありました。生きた猫を飼う代わりに絵を利用したのです。なかでも江戸時代に現在の太田市内に屋敷を構えた武家、新田岩松氏の18代温純(義寄)から徳純、道純、俊純の歴代当主が描いた「新田猫」「八方にらみの猫」とよばれる墨絵の猫は、ネズミ除けの効果が高いと信仰され、群馬、埼玉、長野に広まりました。

徳純が描いた猫の特徴

4人の画風は異なり、紹介する19代徳純(1777~1825年)が描いた猫は、体を横向きにし、白毛に黒い模様、赤い首輪をつけています。斜め前方を見つめる顔つきからは、ネズミを見張るどころか、のんびりとした印象さえ感じられます。猫の絵を見てネズミが逃げるなど非科学的ではありますが、絵の猫にさえもすがりたかった切実な思いをうかがうことができます。(学芸員 武藤直美)