滋賀県と岐阜県の県境にある久加峠で5月3日、両県の有志83人が集まり、古道の復元作業と交流を行った。この古道はかつて琵琶湖の北と奥美濃を結んだ重要な道で、長年荒廃していた。
参加者は滋賀県長浜市側から48人、岐阜県揖斐川町側から35人が集まり、倒木を切って丸太椅子を作るなど、展望地の整備を行った。この活動は、昨年結成された「久加峠を復元する会」が主導し、今後は説明板の設置や歴史にちなんだ松の植樹を計画している。
久加峠は、江戸時代には美濃の和紙や繭、生糸、越前の塩や刃物などが運ばれ、長浜の商人が流通を担った重要な交易路だった。しかし、1950年に林道が整備され、後に国道303号に格上げされると、峠道は使われなくなった。峠の近くには大正時代まで八草村があり、「八草古道」とも呼ばれる。
また、江戸時代初めに彦根藩主の井伊直孝が植えたとされる「直孝松」が存在したが、明治時代に倒れ、植え替えられた松も戦後に倒れ、現在は跡形もない。復元会の吉田一郎さんは「予想以上の参加に驚いた。昔の人の心根を知り、苦労をしのびたい」と話している。



