ソフトバンクは2026年8月、成層圏を飛行する「空飛ぶ基地局」HAPS(High Altitude Platform Station)の日本国内での商用化に向けた試験サービス提供を行った。米国から日本まで飛行したHAPSを使って通信サービスを提供するとともに、ドローンやエッジコンピューティング、光無線通信を見据えた技術検証にも取り組んだ。9月17日に同社は説明会を開催し、この試験サービスの成果を報告した。
2017年から進めてきたHAPS、国内商用化が視野に
HAPSは、高度約20kmの成層圏に航空機などを滞空させ、そこから地上や上空への通信サービスを提供する仕組みだ。地上基地局より広い範囲をカバーでき、人工衛星と比べて地上との距離が短いために通信の遅延が小さい、電波が届きやすいといった特徴がある。
災害時に地上の通信設備が利用できなくなった地域や、山間部・離島など基地局の整備が難しい場所への通信提供に加え、将来的にはドローンなど上空を移動する機器への通信手段としても期待されている。ソフトバンクは、HAPSを6G時代に向けた「3次元通信ネットワーク」を構成する重要な要素と位置付けている。
ソフトバンクがHAPSへの取り組みを開始したのは2017年。同社はこれまで、無人航空機の機体や通信機器の開発、成層圏からの通信などの技術検証を重ねてきた。2023年にはルワンダで、5G対応の通信機器を搭載した無人航空機の試験機を使い、成層圏から5G通信を行う実証に成功している。
一方、早期の商用化に向けて採用したのが、米Sceyeが開発するLTA(Lighter Than Air)型HAPSだ。空気より軽い気体の浮力を利用して飛行を維持するタイプで、ソフトバンクは2025年にSceyeへ出資し、日本国内でのHAPSサービス展開に関する独占権を取得した。これまで開発を進めてきた大型固定翼のHTA型に加えてLTA型を活用し、国内での商用化を加速する方針だ。
米国から日本へ、30日間で約3万kmを飛行
今回の試験サービスの1つ目の成果は、HAPSの長距離・長期間運用を実際の飛行で確認したことだ。
今回使用したSceyeのHAPSは、8月9日に米ニューメキシコ州を出発。成層圏を飛びながら太平洋を横断し、約13日間かけて1万5,000km以上を飛行して日本へ到達。高知県室戸市周辺で試験サービスを実施した。日本の管轄内では7日間にわたり運用を行っている。
通信サービスを提供するには、単に目的地まで飛行できればよいわけではない。地上に一定の通信エリアを形成するためには、風の影響を受けながら飛行するHAPSを目的の場所にとどめる必要がある。今回の試験では、試験エリア内において半径最小5km未満の範囲に機体を維持できることを確認したという。米国~日本間の往復を含めたフライト期間は30日間、飛行距離は約3万kmに達した。
ソフトバンクはこれまでにも海外でHAPSの飛行や通信を検証してきたが、今回は米国から実際に日本まで機体を移動させ、そのまま日本の気象環境下で長期間運用した。日本上空で通信サービスを提供するためには、飛行性能だけでなく、目的地への移動、滞空、通信試験、帰還までを含む一連のオペレーションを成立させる必要がある。今回得られた飛行・運用データは、2027年以降に計画する国内商用化に向け、運航方法やサービス提供体制を整えるための基礎になる。
スマホから118番、Zoomまで - 地上局と同等の通信性能を確認
2つ目の成果は、HAPSを実際のモバイルネットワークに接続し、一般のスマートフォンを利用した通信サービスを検証したことだ。
高知県室戸市周辺で行われた試験では、HAPSとソフトバンクの地上ネットワークを接続し、スマートフォンからHAPSを経由して通信を行った。音声通話やSMSだけでなく、Webブラウジング、LINE、YouTubeの動画再生、Zoomによるビデオ会議などを実際に利用している。
通信速度は最大実測値で下り36Mbps、上り4.8Mbps。ソフトバンクは、安定した大容量通信を行い、地上局と同等の通信性能を確認したとしている。
重要なのは、単純なデータ通信だけを確認したわけではない点だ。複数のスマートフォンを使った通話を繰り返して音声品質を確認したほか、海上保安庁への118番緊急通報も実施。さらに緊急速報システムについても動作を確認した。
HAPS×ドローン、「空のエッジサーバー」も検証
3つ目のポイントは、HAPSの役割を現在のスマートフォン向け基地局の延長にとどめず、新たなユースケースを想定したテストを行っている点だ。
その1つがドローンとの通信。今回、ソフトバンクが独自開発したクラウド型GCS(Ground Control Station)を使ってドローンを遠隔制御し、HAPS経由で飛行制御、位置情報の送信、映像伝送を実施した。地上の通信ネットワークが使えないことを想定した環境でも、一連の通信を完遂し、HAPSとドローンを組み合わせて安定運用できることが確認されたという。
地上基地局の電波は主に地上のスマートフォンなどへの通信を前提としており、高高度を移動するドローンなどへの通信には制約がある。これに対して上空にあるHAPSから通信を提供すれば、ドローンや将来の空飛ぶクルマなどを含め、3次元空間に通信エリアを拡大できるわけだ。
もう1つの検証が、HAPS上でのエッジコンピューティングだ。今回はHAPSにモバイルコアとWebサーバーを搭載し、スマートフォンから送られたデータを地上ネットワーク経由のクラウドへ送るのではなく、HAPS上で処理してスマートフォンへ返すということを行った。
この構成で往復平均約68msを記録し、インターネットを経由するクラウド処理と比較して遅延を40%以上削減した。ソフトバンクによると、HAPS上にモバイルコアとWebサーバーを搭載し、スマートフォンからの通信を地上ネットワークを経由せずHAPS内で応答処理する試験に成功したのは世界初(※)だという。※2026年8月23日時点の公開情報に基づくソフトバンク調べ
ソフトバンクはこの先に、HAPS上で低遅延のAIアプリケーションを実行するとともに、AIによって通信ネットワーク自体も最適化する「AI-RAN on HAPS」の技術検討を掲げている。
地上から成層圏のHAPSをレーザーで追尾
4つ目の成果は、衛星・HAPS・地上を高速な光無線通信で結ぶための技術検証。今回、ソフトバンクは一橋大学、国立極地研究所と共同で、HAPSを使ったレーザー測距試験を高知県室戸市で実施した。
HAPS側に、入射したレーザー光を光源の方向へ反射するコーナーキューブ反射鏡(CCR)を搭載し、地上から小型のレーザー測距装置で成層圏を移動するHAPSを追尾しながらレーザー光を送る。そしてその反射光を連続して受信することに成功した。このレーザー測距も世界初の成功例(※)だとのこと。※2026年9月8日時点の公開情報に基づく、ソフトバンク/一橋大学/国立極地研究所調べ
光無線通信は高い指向性を持つため、大容量通信への利用が期待されるが、移動する相手へ正確に光を当て続ける必要がある。今回の試験では、追尾性能を確認するとともに、成層圏と地上の間における光の減衰量など、今後の通信システム設計に必要なデータも取得した。
ソフトバンクは将来的に、衛星とHAPSの間のバックホールを光無線化するとともにHAPS間も光無線で接続し、地上網と組み合わせた3次元通信ネットワークを形成する構想を示している。今回の試験は、光無線通信を成立させるための前段階の試験といえる。
「空飛ぶ基地局」から3次元通信インフラへ
今回の4つの成果を並べると、ソフトバンクがHAPSをどこへ発展させようとしているのかが見えてくる。
HAPSを日本まで飛ばし、サービス対象地域の上空に安定して滞空させる。そして既存のモバイルネットワークと接続して、通常のスマートフォンに通信サービスを提供する。ここまでは、2027年以降の国内商用化に直接つながる部分だ。ソフトバンクは今後、運用体制の整備と通信品質の向上を進め、対象エリアや運用時間を段階的に拡大していくとしている。
HAPSサービスの商用化で想定されている用途の1つが災害対応だ。地上基地局が損傷しても、成層圏から通信エリアを形成できれば、被災地域をネットワークへつなげられる。ドローンを組み合わせれば、救助要請や安否確認だけでなく、孤立地域の監視や被害状況の映像伝送、物資輸送にも通信を提供できる。平常時には遠隔地などのデジタルデバイド解消への活用も想定される。
さらに、ドローンや空飛ぶクルマなど上空のモビリティが増えれば、通信ネットワークそのものを地上中心の2次元から3次元へ拡張する必要がある。HAPSにエッジコンピューティングを組み込めば、通信だけでなくデータ処理まで空で行い、地上や上空のロボット、モビリティ、AIを低遅延で支えることも可能になる。
そのHAPSを衛星や他のHAPS、地上網と光無線通信などで結ぶ。ソフトバンクが最終的に目指しているのは、地上基地局、HAPS、衛星を個別の通信手段として使うのではなく、それぞれをシームレスにつないだ「3次元通信ネットワーク」だ。
災害で一部の通信経路が失われても別の経路で通信を維持し、地上から空まで必要な場所に通信とコンピューティング能力を提供する。今回の試験サービスは、「空飛ぶ基地局」というHAPSの基本的な役割を日本国内で確認すると同時に、その先にある6G時代の通信インフラへ向けた技術を検証する機会にもなった。



