2024~26年の南極地域観測隊で初の女性隊長を務めた原田尚美さん(59)は、大学院生だった24歳のとき、初めて南極の地を踏んだ。
初めての南極で味わった衝撃と挫折
「見るもの、聞くもの、体験すること、全てが初めてだらけで、すごく楽しかったです。調査の一環でアデリーペンギンを毛布でくるんで捕まえたのですが、その激しい体臭はいまだに覚えています。印象的だったのは“無音”。風がやむと全く音がしなくて、逆に耳が痛くなるほどの静けさに包まれます。街での暮らしでは、なかなか得られない感覚でしたね」
しかし、そこで人生最大の挫折も味わうことになる。「隊員としての任務は、海洋中の粒子を集める『セジメントトラップ』を設置し、回収すること。隊の大きなミッションでもありました。でも、いざ回収に向かうと、トラップがない。24時間ぐらい捜しましたが、結局見つかりませんでした。『何てことをしてしまったんだろう』と思いました。貴重な機会も、準備も費用も、全て台無しにしてしまったのです。誰も責めませんでしたが、私は南極に行った記憶に蓋をしました。自分の中で“なかったこと”にしようとしたんです。就職活動でも、履歴書に南極のことは書きませんでした。ところが、みなさんの記憶には残っていて。『観測隊のこと何で書いてないんですか?』と聞かれましたね」
27年越しの再挑戦、隊長としての意識改革
再び南極を訪れたのは、「あの失敗」から27年後だった。「観測隊の副隊長として、研究ではなく、隊の運営管理を担いました。でも、南極に立つと考えるわけです。『大失敗したまま封印し続けてきたな。そんな人生でいいのか』と。日本に戻ってきた後、セジメントトラップの観測に再び挑戦しようと動き出しました。研究に専念するために東京大学大気海洋研究所へ移ったあと、三たび南極行きのチャンスに恵まれます。『行くなら隊長もお願いします』と頼まれ、引き受けることにしました」
隊長としてチームの意識改革にも取り組んだ。「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)をなくしたいと考えました。『力仕事は男性がやるもの』とか、誰もが少なからず持っている思い込みです。例えば、雪に埋もれた観測機器を掘り起こす作業には、私を含めて女性も参加しました。激しい地吹雪の中、みんなで必死に雪をかき、制限時間内に終わらせることができました。初めから『できない』と決めつける必要はないんです」
研究への情熱と中高生へのメッセージ
「海の観測には私の研究も含まれています。最近、温かい海水が南極の氷床をとかし始めていることがわかってきています。とけた氷が淡水となって海に流れ込んだときの生態系の変化を調べることが目的です。その研究に欠かせないのがセジメントトラップですが、実はまだ回収できていません。回収予定だった第67次隊の船にトラブルがあり、来年1月に延期されました。うまくいかないことが多いとわかっていても、『次こそは』と期待してしまいますね」
最後に、中高生へのメッセージをもらった。「私がやりがいに出会えたのは大人になってから。中高生でまだ目標が見つかっていなくても、焦らないで大丈夫です。ただ、『人生を決めるきっかけになるかも』という瞬間が巡ってきたら、躊躇せずに決断してほしいです。女性やマイノリティーの人は、アンコンシャスバイアスに傷つくこともあるでしょう。でも、必ず誰かが見ていて、救ってくれる。『頑張る』という言葉は好きじゃないけれど、何とかはい上がってほしいです」



